東京

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「ねえ、優。あなた結婚してるの?」 夏の言いたいこと言わなきゃ。そんな言葉に後押しされて、唐突に口に出した。 「えっ」 「・・・」 「ごめん。」 「そう。」 「ただ、別居してるから。」 「そう。だから?」 「・・・」 (出ていって。今すぐ、ここから。)そう言いたいのに、言葉が出てこなかった。 「りりかちゃん?」 「なんで、言ってくれなかったの?」 「なんとなく、言いづらかったんだ。」 「いつも、あんな風に女の子に、声かけてるの?」 「あんな風って」 「だって、結局ナンパでしょ。適当に声かけて、ひっかかった。ラッキーって。」 「そんな。」「そんなんじゃないんだ。」 「僕はいつも女性に声をかけたりしてるわけじゃない。これは信じて。」 「ただ、りりかちゃんが、佇んでる姿があまりにきれいで、なんていうか、すごくすごく迷ったけど、声をかけずにはいられなかった。」 「今、勇気をもって声をかけなかったら、きっと後悔するって。」 「それに、あの時、なんていうか美術館の前で中に入るのを躊躇してるように見えたんだ。僕が、美術館に一人で来るのは本当によくあることで、だから、なんていうか、連れて行ってあげようって。」 必死に説明する優の姿を目の前に、私はどうすればいいのだろう。どうしたいのだろう。そんなことをぼんやりと考えていた。 すーっと、涙が頬を伝う。 「りりかちゃん。僕はりりかちゃんが、好きだよ。」 ずるい、今、そんなこと言うなんて。男はみんなずるい。 「なんで、奥さんとは別居してるの?」 こんなこと聞いてどうするの?早く早くここから出ていってもらわなきゃ。そう、心で思いながら、そうすることもできない。 「それは。もともとは、仕事で。お互いの仕事の都合で。」 「僕は、転勤で仕方なく単身赴任することになって。」 「彼女の、奥さんの、実家が近くだから、奥さんはそのまま子供と一緒に。彼女にも仕事があるから、実家を頼りつつ、自分の生活を楽しんてるみたいで、いつの間にか、帰っても居心地が悪くなって。」 「そう。子供はいくつ?」 「5歳」 「かわいい?」 「まあ、それは。」 「なのに、居心地が悪い?」 「だって、あいつは仕事仕事って。実家に明人を預けてばかりだし。会いたくても会えなかったり。時々しか会えない明人も、なんていうか、ちょっとよそよそしいし。」 「だから?」 「ごめん。」 「でも、なんで。その、なんで、僕が結婚してるってわかったの?」 「それは。この前、久しぶりに峰岡さんから連絡があったの。」 「たぶん、どこかで見かけて、あなたのこと調べたんじゃないかしら。」 「まじか。怖いな。」 そう、優は小さな声でつぶやいた。 重たい空気のまま、その後は二人とも黙り込んでしまった。 「優、もう、帰ってくれる?」 「りりかちゃん。僕はりりかちゃんが、」 「お願いします。帰ってください。」 「峰岡さん。峰岡さんの言う通りだった。」 「彼とは別れたのかい。」 「別れたというか、お付き合いもしていなかったわ。」 「そうか。」 「峰岡さんとも。」 「・・」 「いろいろ、ありがとうございました。」 「私、もう、峰岡さんとは会いません。」 これ以上、何も言うことはなかった。 りりかは、すがすがしい気持ちで、さよならを告げた。 でも、これから、どうしよう。 もう少しまともな仕事しなくちゃ。 なかなか、30歳を前にして、以前のようなショップで働きたい。といっても、正直、難しいだろう。ショップ定員は、見た目が命。 ミセス系では、私のイメージは幼稚くさくて通用しない。 急いで、りりかは、最近のファッション誌を読み漁り、自分に合ったスタイルを見つけようとした。 年相応の美しさ。それさえ、見つけられれば、きっと働く先は見つかる。とにかく、正々堂々といられる。そんな自分になりたい。
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