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信也は、2日前に夏と一緒に来た、個展会場へもう一度一人でやってきた。
「信也。」
「久しぶり、元気か?」
「ええ。見ての通り。」
「そうだな。」
「どうしてここへ?絵に興味なんてあった?」
奈津美は信也が一人でここに来たことに驚いていた。
「いや、実は2日前に、連れられて来たんだ。その時、驚いたよ。君の姿を見て。」
「そうね。」
「気づいてたのか?」
「もちろん、入ってくるお客様、全てちゃんと見てる。気づかないはずないでしょ。」
「なるほど、あえて無視されてたってわけか。」
奈津美とは、とっくに終わった。いや、たぶん最初から何も始まっていなかった。自分と別れた後、奈津美が何をしていたのか、知ることはできなかった。というよりも、関係がある時でさえ彼女のことをよく知らなかった。いつも、どこか、距離を置かれているようで、でも、だからこそ、惹かれる。来て欲しいと言えば、彼女は僕のところへ来てくれた。けど、結婚や彼女の家族の話をすることは嫌がり、住んでいる場所さえ、僕は知らないでいた。そして、もう会わない。と言えば、それでお終い。不思議な女だ。
奈津美は俺のことなんて、なんとも思っちゃいないのだろう。だから、別れようといっても、あっさりしたもんだったし、別れた後、連絡してくることすらなかった。いや、もともと、連絡をしてくることがなかったのだ。そして、こうやって、再会しても、何の驚きも感動もないのか。なのに、なぜ、また彼女に会いに来たのだろうか。
「誰?」
「ん?」
「さっきの人。」
「昔の知り合いだったの。びっくりしたわ。」
「ふーん。」「恋人?」
「どうでしょう?」「ちょっと違うかな。」
「そう。奈津美さんって、相変わらず秘密主義だよね。」
「そうかな?」
「まあ、いいや。お客さんは結構来てる?」
「ええ。最初の個展に来てくれた人も、案内を見て来てくれてるわよ。新作の評判もいいわ。」
「ありがとう。」
そう言って、恵斗は奈津美を突然抱きしめる。
「奈津美さんが居てくれて、良かった。奈津美さんのおかげだよ。僕が絵を描き続けられるのは。」
「そんな。恵斗くんには才能がある。ただそれだけよ。想いを表現する才能があなたにはある。」
「奈津美」
彼が、始めて私を呼び捨てにした日。彼が、新しい作品を描き始めて、奈津美はずっと感じていた。同じ風景で別の表現をしてみてはどうだろう。と提案したのは私。でも、私の想像を超える才能が彼にはある。恵斗から、奈津美と呼ばれたこの日、信也のことは、直ぐに忘れてしまっていた。
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