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恵斗は、翌週、良子と一緒にやってきた。
「良子ちゃん、こんにちは。」
「良子がどうしても、見たいっていうから。」
「そりゃあ、そうよね。いつも、一人留守番じゃ、可哀そうよ。」
「どうせなら、東京を案内してあげたら?」
「ほら。見てよ。絶対奈津美さんなら、そう言ってくれると思うって言ったでしょ。」
「全く、俺は東京の街には興味ないの。」
「そんなこと言って、最近は、よく来てるじゃない。」
「仕事だから、仕方ないだろ。」
「そんなこと言って。どうせ、奈津美さん任せでしょ。すべて。」
「お前なあ。」
「どうせ、私には、こんな力はないわよ。田舎で、本屋さんにいるぐらいしかできないわよ。だからって、二人で、二人だけで、ずるい。」
急に、良子は涙ぐんだ。
「おい、良子、なんだよ。いきなり。」
恵斗のことを好きな良子からすれば、自分から離れて遠くへ行ってしまう、そんな気がするんだろう。良子は今でもずっと恵斗の傍にいようとしている。恵斗はあえて、良子の気持ちには触れないままだ。このまま放って置いていいのだろうか。
「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。」
「先日はどうも。」
「安藤様、申し訳ございません。松西恵斗に確認してみたのですが、心当たりがないようで。」
「そうでしたか。やはり。彼今日も来てないですよね。」
「そうですね。でも、お会いすれば思い出すかもしれませんね。画家なんて、気まぐれですから。」
そう、奈津美はりりかに伝えた。なんとなく、このまま帰してしまうのは可哀想な気がしたのだ。余計なこととは思うが、明日は、もしかしたら来るかもしれないと、付け足した。
「恵斗、りりかさんに偶然会ったらどうするの?」
「まあ、その時は、仕方ないかな。」
「じゃあ、一応覚えてないって返事はしておくわね。」
恵斗にはそう言っていた。
いつ彼女が来るかもわからないので、本当に会いたくないのら、会場にはもう来れないことになる。恵斗は、人前に出ても気づかれないから、個展会場に足を運んでいる。それが、りりかが現れたら。彼が松西恵斗だと、その場にいる人間にわかってしまうかもしれない。それは、彼が望まないこと。だけど、もっと世の中に彼の絵を広めるには、そろそろ表舞台にも出て欲しいと、奈津美は思っていた。
そうすれば、彼の絵はもっと売れるだろう。
売れれば、彼自身の生活は安定し、もっと、絵を描く時間が増えるだろう。
しかし、逆に、彼の見た目やスタイルが評判になりすぎたら・・。
いや、その時は、表に出てこなければいいだけのことだ。どうにかなる。
奈津美は、成り行きに任せることにした。
りりかさんか。あんなに綺麗な人が彼に会いたいと言っている。信也との再会も特に何もなかった。恵斗がりりかさんと会ったとしても、何が変わるということもない?信じていいはず。今の私から、彼が居なくなることはもう考えられなくなっている。
彼が19の頃。だとすれば、私が恵斗に始めて会った頃。私たちは傷を抱えたまま、惹かれ合った。だからこそ、求めあった。それはきっと今も変わらない。
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