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「いらっしゃいませ。」
ベビーカーと一緒に、女性が入ってきた。見覚えのある人だ。誰だったろう。
「こんにちは。」
女性は、奈津美に頭を下げ、笑顔になった。
「買いたい絵があって。」
「ありがとうございます。ご案内しますわ。」
「はい、もう少ししたら、主人も来ると思うんですけど、先にお話ししておこうと思って。」
「かしこまりました。お気に召された絵はどれでしょう。」
「この、鮮やかなグラデーションのイラスト。やっぱり、これがいいと思うんですよね。」「これはどこの風景ですか?」
「こちらは、山陰の海です。山陰というと割と冬の海だったり、あまり明るいイメージがないと思うんですけど、日が沈む美しさを、あえて艶やかに。情熱的な感情がここには見られると思います。」
「日が沈む美しさ。こちらの絵は、どちらかとうと、柔らかい感じなのに、このイラストになると、ものすごく強さを感じますよね。このコントラストが、またいい感じだなと思って。」
「とても素敵な感性をお持ちですね。そう思っていただけたら、松西恵斗も喜ぶと思います。」
奈津美は、微笑んだ。
「彼の絵は、やはり、両方を皆さん買われるんですか?」
「そうですね。もちろん、絶対ではありませんが。そういう方が多いです。」
「自由なんですね。」
「ええ。もちろん。」
「それにしても、遅いわね。」
「ご主人様ですか?」
「ええ、何時にお待ち合わせですか。」
そう行った瞬間に自動ドアが開いた。
「あれ、りりか。じゃない。」
「夏、来てたの。」
「りりかも、この絵のファンになってた?もしかして。」
「そうなのよ。」
りりかは、夏の視線を超えて、奈津美に向かって、軽く頭を下げた。
「2年前も、個展されてましたよね。」そう、夏は奈津美に尋ねる。
「ええ。2年前にも見ていただいていたんですか?」
「そうなんです。」
「それは、ありがとうございます。」
「あの時は、展示だけだったけど、今回は販売されているから、迷っちゃって。」
「夏、買うつもりなの。」
「ええ。そのつもりで来たの。信也さんも来るはずなんだけど。」
「へえ、どれにするの。」
二人で、話し込んでいたので、奈津美は、
「少し失礼しますね。」
そういって、その場を離れた。信也、夏、まさか・・・。そして、りりかさんが友人?こんな偶然があるだろうか?今日は恵斗が来ている。
「見てた?」
と、控室にあるモニターを差して、それを見ている様子の恵斗に尋ねた。
「ああ。」
「彼女、りりかさん。」「きれない人ね。とても上品で。」
「びっくりしたよ。あんな感じじゃなかった。もっと、派手で目立つ子だったんだ。」
「大人になったのよ。とても、素敵じゃない。」「出ていかないの?」
「いいよ。」
「そう。」
それより、信也がもうすぐ来る。恵斗が、信也のことを覚えているかどうかはわからないが、とりあえず、表に出てくる気はなさそうなので、あえて触れるのはよそう。
「じゃあ、まだ、しばらく休んでて。」
「そうするよ。」
奈津美が戻るタイミングで、ちょうど、信也が自動ドアの前にいるのが見えた。気持ち、会釈し、普通に夏に話しかけるように、二人のところへ行くと、
自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ。」
それと同時に、夏が信也に向かって手を振っていた。
「遅かったじゃない。」
「ごめん、ごめん。」
「こんにちは。」
「あれ、りりかちゃん。」
「偶然なんだけど。」
「そうなんだ。」
「りりかも、この人の作品が好きなんだって。でも、どちらかというと風景画が好みみたい。私はこのアート画を玄関に飾りたいわ。」
「でね。信也さん。私、まだ迷ってるんだけど、両方買うべきよね。」
「そうだね。その方がいいんじゃない。」
「ねえ。りりかちゃん。もし、この絵が嫌いじゃなかったら、どうだい。こっちをりりかちゃんにプレゼントしては。」
「ね~。ほらね。信也さんならそう言ってくれると思ってた。」
「なるほどね。」「最初から、作戦通りだったってわけか。」
「そんなことないわ。ここで会ったのは、本当に偶然なの。」
「で、迷っている私にいいアイデアが。信也さんと同じ考えだったんだけどね。」
3人は、とても楽しそうに笑っていた。
ほっとした。うまくやっていたんだ。そして、子供も生まれて。本当に良かった。奈津美は、そう思いながら、少し離れてそのやり取りを見守っていた。
「じゃあ、これにするかい?」
そう、信也は夏に話かけながら、奈津美のほうを振り返る。
「お決まりですか?」
「これを、買いたいと思うのですが。」
「かしこまりました。では、お支払い方法や作品の引き取りなど、詳細をご説明させていただきたいのですが。」
「よろしければ、奥様と安藤様は、あちらのカフェをご利用になりませんか?お待ちいただく間。こちらでチケットお渡しいたしますので、お好きなものお飲みいただけますから。」
偶然に会ったりりかと、夏は、話すこともある、ということで、奈津美の提案をうけ、カフェで、信也を待つことにした。
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