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「ありがとうございました。」
紳士が一人出ていった。応対してくれた女性は素早く僕たちのもとに戻ってきて、いかがですか?と声をかけてくる。
「とても素敵ですね。」
「なんだか、個性的。同じ風景をこんな風に画材を変えたりして描く方って珍しいですよね。この空間の中で、いろいろなタッチを楽しめるのも魅力だわ。これ、すべて同じ方が?」
「ええ、そうなんです。」
その会話にりりかが振り返る。
「えっ、未知。」
「りりか。」と手を振る。
「知り合い?」恵斗が言う。
「うん、友達。」
恵斗は、未知と智樹のところへやってきた。
「松西恵斗です。ご覧いただきありがとうございます。」
そう彼は、初めて来場者に挨拶をした。
「はじめまして。とても素敵な作品ですね。」
「ありがとうございます。」
その場にいた女性が素早くまた歩き出した。
後から来たもう一人の客のところへ行き何やら話したあと、ありがとうございました。とその客を送り出す。
(やっぱり、どこかで会ったことがあるような。でも、東京に知り合いなんていないよな。)
「作品はあちらにもありますし、今日は珍しく松西も来てますから、どうぞごゆっくり、いろいろお話なさってください。」
「りりか、彼と知り合いなの?」
作品を見に来たというよりも、彼に会いに来たのではないかと思って我慢できずに未知は問いかけた。
「未知、彼を紹介してくれないの?」
「ああ、そうだったわ。ごめんなさい。」
「って言っても。わかってるんだけど、智樹君よね。」
「はい。初めまして。りりかさん。」
「私ね。これを家に飾ることになってるのよ。」
恵斗との関係には、応えずに、りりかは未知を1つの作品の前に連れていく。
「そうなの。買ったの?」
「まあ、私が買ったわけじゃないけどね。信也さんが、あっ、夏の旦那さんね。夏と私にって。」
「でも、そう、今日はね。自分のお金で買おうと思ってきたのよ。ケイを応援したいもの。」
「ねえ、ケイのお気に入りはどれ?」
「いいよ。無理しなくて。」恵斗はそっけなく応える。
「あとは、任せるから。」
そう言うとその場を離れていこうとする恵斗を奈津美が止めた。
「そんなこと言わないで。りりかさんは、作品のファンよ。何度もここにも見に来てくれてるの。」
「それから、遅くなりまして申し訳ありません。」
そういうと、女性は名刺を出し、智樹へ向かって
「水嶋と申します。」と。
「あっ。」
と、智樹は急に声を出す。
「思い出した。水嶋さんだ。」
その名刺を受け取りながら、
「福岡のイベント企画会社へ居ませんでしたか?名前なんだったっけな。えーと。」
「アステーションです。」
「そうそう、うちが始めて、大きなイベントをしようってことになって、わからないことだらけだったから、すごくお世話になったんだよ。あっ、今日はプライベートで名刺持ってないんですけど、福岡のKSGDって会社で。いやー、さっきからどっかで見たことあるんだけど、って思ってたんですよ。」
「でも、よくわかりましたね。福岡の会社を辞めてもう3年以上たちますし、おそらく私の記憶に間違いがなければ、一緒に仕事をしたのは、さらに数年前かと・・・。」
「そう、僕は特にメインの担当じゃなかったんですけど、同期の柴咲ってやつが、いろいろ大変そうにしていて、よく覚えてますよ。」といってから、しまったと思った。柴咲の名前を出しても良かったんだろうか。
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