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個展最終日、片付けは任せて、奈津美は恵斗と共に出かける。この日は、数点、絵を買ってくれたお客様に直接絵を渡すことになっている。
恵斗は、自分もお礼を伝えたいから一緒に行きたいと言ってきた。いい傾向だ。既に午前中と午後に一件、購入者と挨拶を済ませていた。
午後3時に待ち合わせをしているのは、土井様と安藤様。
待っている間も、二人はこれからのことをいろいろと話し合う。恵斗の創作意欲は、ますます増してきて、二人で旅に出る計画を立て始めている。
待ち合わせ時刻になり、信也と夏がやってきた。ベビーカーを今日も押している。
二人は立ち上がり、家族を迎える。
「土井様、この度はお買い上げ有り難うございました。」
「大変お待たせしました。こちらが作品になります。また、彼が、画家の松西恵斗です。」
「はじめまして。松西です。今日は、一言お礼を申し上げたくて参りました。」
「素敵。こんなかっこいい方が描かれてたなんて。」
夏は、驚いた様子で、
「あっ、ごめんなさい。なんだか、失礼な言い方。」
「いえ。」
「確かに、なかなかのハンサムだな。」
信也は、始めて会う恵斗に、嫉妬している。
(ばかばかしい。なんてザマだ。こんなに若くてハンサムな男が相手で、かなうわけないじゃないか。)自信家の信也ではあったが、恵斗を前にして、密かに苦笑していた。
程なくして、りりかがやってきた。
「りりか、この方が、松西恵斗さんだって。」
と、夏が、りりかに伝える。
「ええ、実は昨日も会ったのよ。」
「えっ、そうなの?」
「それに、偶然なんだけど、未知と彼氏の智樹くんも一緒にね。」
「えっ、うそ。」
「なんだあ、彼のイケメンぶりに驚いたから、りりかもきっと驚くだろうって思ってたのに。」
「島田様も、松西の絵を気に入ってくれまして。実は、彼女の仕事先をいくつか紹介してもらう予定なんです。この絵を気に入りそうな会社をいくつか知ってるっておっしゃってくれて。」
「そうなんですか。りりかと未知が。へー。結局、私達、好みも似てるのかもね。未知も気に入るなんて。まあ、それだけ恵斗さんの絵が、素敵ってことだと思いますけど。」
「次の個展も楽しみに待っていますね。」
「ありがとうございます。」
恵斗と奈津美の声がきれいに揃った。
そんな様子を、敗北を認めざるを得なかった信也は、穏やかな気持ちで見ていた。暖かく、優しい、奈津美の笑顔。あの頃とは違うな。二人で何かに抗うように、何かを忘れようと向き合っていた頃とは。
どこか冷たい印象もあった。自信に溢れた態度だった。そんな強さしか思い浮かばない。それが、こんなにも、柔らかく穏やかな彼女の顔があったとは気づきもしなかった。十分に愛し合っていると思っていた僕ら、それは勘違いだったらしい。じっと彼女を見ている僕の視線に、ハンサムな彼が、気がついたのか、急に、
「それでは、そろそろ。」
と言い、
「奈津美、行こうか。」
と彼女を見る。
(なつみ)
何かを急に思い出したように、夏は信也に視線を向ける。
それには、気づかず、りりかは、
「信也さん、プレゼント、ほんとに有難うございます。大切にするわ。それから、ケイ、新作楽しみにしてる。ちゃんと、今度は私が買うわ。二人のために。奈津美さん、ケイと幸せに。」
「えっ?そういう関係なの?」
と、夏が驚いて二人を見る。
「あっ、なんだかお恥ずかしい話ですけど。」
と、奈津美は慌てる。
「ケイは、あなたが居ないと駄目みたい。」
と、りりかは奈津美に向かって言う。
「りりか、ケイって、彼と知り合いなの?」
「えっ、どういうこと?!」
夏は一人、この状況を理解できず、混乱し、りりかとケイの関係が気になり、なつみ、が自分を苦しめた相手とは気づかなくて済んでいた。
りりかは、ケイと握手をし、奈津美とも握手をし、一人感慨に耽っている。ありがとう。
「奈津美、彼、奈津美をじっとみてたよ。」
「まだ、未練あんのかな?」
「何言ってるの。」
「昔の話。見たでしょ。カワイイ赤ちゃん。」
「奈津美は誰にも渡さないよ。」
そういうと、急に肩に手を掛けられ引き寄せられた。
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