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――この人が?
確かに美人かもしれないけれど,想像していたのとは全然違う。あれだけカッコイイ人の奥様なのだから、茶髪にパーマをかけ、常にドレスアップしているような華やかな人を想像していた。それなのに。
「どうかされました?」
「いえ……」
地味というか寂しいというか。轟家の奥様がこんなものなのかと思ってしまう。髪は何も手を加えていなそうなストレート。服は長めの丈のネイビーのワンピースで、動きやすそうではあるけれど、露出も少ないしアクセサリーもつけていない。唯一結婚指輪だけはしているけど、シンプルな金属の輪っか。本当にそれだけだ。
「わからない事があれば何でも聞いてくださいね」
「桐沢さん、この子平気で使用人の仕事をしようとするから何かしていたら他の使用人を呼んでね」
「え? 轟家の奥様が何故?」
お金持ちの奥様が使用人の仕事なんて。答えは思ってもいないものだった。
「私もこの屋敷の使用人だったので」
――元使用人?
轟家の奥様が? あんなにカッコイイ人の奥様が?
それを聞いた瞬間、手足が震えて口元が柔らかく歪んだ。
「どうかした?」
「いえ……」
「じゃあ行きましょうか。桃、ワゴンは私が持っていきます。離して」
「はい」
長崎さんが言うと、桃さんは苦笑して大人しく引き下がった。
――使用人でもあんなカッコイイ人の奥様になれるんだ。
この屋敷で大勢にチヤホヤされて何だって手に入る。羨ましい。
この屋敷には若い女性はほとんどいないみたい。
――そうか。他に出会うチャンスがなかったから京様はこの人で手を打ったんだ。
――それなら私にもチャンスがある。
容姿は負けてないし、私の方がお金持ちの奥様に似合う自信がある。離婚してもらえなくても、あんなカッコイイ人相手なら愛人だっていい。
前を歩く長崎さんの背中を見つめながら、今度こそ口角を上げた。
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