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京様は桃さんがいる場所では桃さんの事しか見ていない。だったら桃さんのいない隙を狙うしかない。
何日か働いて、桃さんはお出迎えにはあまり来ないし、お見送りには絶対に来ない事に気が付いた。お見送りで話す時間はなさそうだから、アタックするならお出迎えの場だ。
だから今日はお出迎えの時間ギリギリまで自分を磨いた。夕べはお気に入りのパックをしてから寝たし、昼食の時間を削って髪も巻いた。トイレ休憩のふりをしてメイクも直した。
お出迎えに向かう途中でも大きな姿見で自分の姿を確認する。髪も完璧、メイクも完璧、ついでにクラシカルなデザインのメイド服も似合ってる。鏡に写る私はやっぱり美人だ。
大学でもたくさん声をかけられたけど、中途半端な男に靡かなくて良かった。
絶対に京様をオトしてみせる。決意して列に並んだ。
「お帰りなさいませ」
轟家の挨拶はどんなに人数が多くてもピタリと重なる。それに対する京様の返事は。
「桃は」
ただいまではなかった。
「部屋で待ってますよ」
「変わった事はなかったか?」
「桃でしたらいつも通りです。昼食もきちんと食べてましたよ」
「そうか。明日の準備は」
「幹事長との面会ですね。食事の確認も手土産の準備も桃がやってくれていますよ」
「わかった」
桃。桃。桃。全ての会話に桃さんが出てくる。しかも京様は長崎さんと会話しながらも、コートを脱いで荷物を渡して、どんどん廊下を進んでいく。廊下の奥は京様達の部屋だ。
――まだ視界にも入れていないのに。
このチャンスを逃がすわけにはいかない。
「きゃっ」
よろけたふりをして京様に倒れ込んだ。けれど。
「大丈夫ですか?」
頭上から降ってきた声は京様のモノではなかった。
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