十八、桐沢菖子

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 京様は桃さんがいる場所では桃さんの事しか見ていない。だったら桃さんのいない隙を狙うしかない。  何日か働いて、桃さんはお出迎えにはあまり来ないし、お見送りには絶対に来ない事に気が付いた。お見送りで話す時間はなさそうだから、アタックするならお出迎えの場だ。  だから今日はお出迎えの時間ギリギリまで自分を磨いた。夕べはお気に入りのパックをしてから寝たし、昼食の時間を削って髪も巻いた。トイレ休憩のふりをしてメイクも直した。  お出迎えに向かう途中でも大きな姿見で自分の姿を確認する。髪も完璧、メイクも完璧、ついでにクラシカルなデザインのメイド服も似合ってる。鏡に写る私はやっぱり美人だ。  大学でもたくさん声をかけられたけど、中途半端な男に靡かなくて良かった。  絶対に京様をオトしてみせる。決意して列に並んだ。 「お帰りなさいませ」  轟家の挨拶はどんなに人数が多くてもピタリと重なる。それに対する京様の返事は。 「桃は」  ただいまではなかった。 「部屋で待ってますよ」 「変わった事はなかったか?」 「桃でしたらいつも通りです。昼食もきちんと食べてましたよ」 「そうか。明日の準備は」 「幹事長との面会ですね。食事の確認も手土産の準備も桃がやってくれていますよ」 「わかった」  桃。桃。桃。全ての会話に桃さんが出てくる。しかも京様は長崎さんと会話しながらも、コートを脱いで荷物を渡して、どんどん廊下を進んでいく。廊下の奥は京様達の部屋だ。  ――まだ視界にも入れていないのに。  このチャンスを逃がすわけにはいかない。 「きゃっ」  よろけたふりをして京様に倒れ込んだ。けれど。 「大丈夫ですか?」  頭上から降ってきた声は京様のモノではなかった。
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