励ましの花

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 俺は花が好きだ。十五歳の男子では珍しい部類かもしれない。だから人には言わないし、花を見に行くときはいつも一人だ。見る花はなんでもいい。チューリップでもマリーゴールドでもいいし、彼岸花でもいい。色鮮やかな花を見ると心が軽くなるんだ。今は桜が見ごろの時期だったから、桜のところへ向かおうと思った。  桜の木は、近所の公園にあるから、そこに向かっていた。自転車を立ち漕ぎすると、春の風が頬にあたって気持ちがいい。  視界に公民館の屋根が目に入った。 「あ」  しまった。道を変えればよかった。嫌なことを忘れたくて外に出たのに、思い出すようなところに来てどうする。 『柊、今まで教えた子の中で、お前が一番書道の才能がある。お前が一番じゃ。だから大人になったらわしの教室を継いでおくれ』  書道の先生が、弟の柊にこっそりそう言ってるの、聞いてしまった。  俺も書道頑張っていたけど、あんなこと言われたことなんてない。  俺は子供の頃から絵も字も得意だった。二つ下の柊も俺の真似をして、絵や字を書いていた。  柊は色盲だ。赤色がよく見えない。赤色と緑色と区別がつかないんだって。だから、絵よりも書道の方がいいんじゃないかって母さんが言って、一緒に書道教室に通い始めたんだ。七年前のことだ。当時俺が小学二年生で、柊はまだ幼稚園児だった。  先生がすぐに柊のことを気に入ったのは気づいてた。先生は柊の書いた字を、朱色の筆で直したことなんて、一度もなかった。柊が朱色がわからないからじゃない。「直すところなんてないよ」って先生はいつもにこにこしながら言っていたから。 「『お前が一番』かあ……」  いいなあ柊は。あんなにはっきり言ってもらえて。俺は誰にも言われたことないよ。父さんも母さんも、柊の方ばっかり気にかけてさ。    柊は、あいつは、できないことなんて色を見分けることぐらいで、他はなんでもできるんだ。頭はよくて運動もできて、漫画みたいな白黒のイラストだったら上手に描けて、書道では教室の誰よりも賞取って、顔も母さんそっくりで綺麗なんだ。柊が小さかったときは、周りに妹だと誤解されてたよ。    母さんも父さんも、親戚のみんなも、書道の先生すら、俺よりも柊を気にする。優秀で、だけど色盲の、ちょっと気の毒な柊のことが気になって仕方がないんだ。俺は体はなんの問題もないけど、勉強も運動も見た目も普通。得意だった絵と字は、とっくに柊に追い抜かれてる。 「桜、綺麗だなあ……」   公園にある、大きな桜の木の下に立つ。見上げると桜に包まれているようだった。  花って不思議だ。頼まれてもいないのに、どうしてこんなに綺麗な姿を見せてくれるのだろう。どうして寄り添ってくれるような雰囲気をしているんだろう。  俺は明日から高校生になる。公民館の書道教室は、子供向けだから、高校生の俺は自動的に卒業だ。高校の書道部には入らない。美術部にしよう。いろんな花を油絵で書くんだ。まずはこの桜を書いてみたい。この桜の花びらの色、上手く描けるといいけど。  柊の目には、この花の色は映らない。やっぱり柊は可哀想なやつだ。柊自身が花に興味なくてもそんなの関係ない。あいつは可哀想なやつなんだ。綺麗な花を見れる俺の方が得してる。そう思っていたい。  そう思っていれば、俺は家に帰った時に、いいお兄ちゃんでいられるから。
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