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「保護犬なんだって。保健所から来たの」 「そうなんだ」 「ああいう成犬は、引き取り手が少ないんだって。私もいつか、そういう犬を飼おうかなって」 「うん、いいね」 今、歩いてきたウッドチップの道を、さっきのような犬と一緒に歩いている美月が浮かんでくる。 そこにはなぜか、彼女の夫になる人の姿はイメージできなかった。 かといって、隣に自分がいる図も浮かんでは来ない。 彼女は、自分で思い描いている姿を、一つずつ実現させていく人のような気がする。 「これ、可愛い」 テーブルの端に、庭で摘んだような野の小さい花が3本、花瓶とも言えないような小さな瓶に挿してある。 彼女は軽く頬杖をついて、そのピンクと白の小花に目を細めた。 「スーツ、似合ってるね」 視線は花に向けたまま、美月は言った。 今日はストライプの織りが入った濃紺の上下に、黒っぽいシャツ、深い赤のネクタイには、ところどころ斜めに銀色の線が入っている。 「そう?」 「うん。こんなカジュアルな格好で来ちゃったから、光星に釣り合わないなって、ちょっと困ってる」 俺を見て、自分の装いに苦笑いする。 「着飾って来られるより、その格好の方がいい。美月なら何でも…」 可愛い、とまでは言葉にできなかったけど、彼女は安心したように、ちょっと口角を上げて見せた。 店主らしい、先ほどの男性が盆を抱えて出てきて、サラダの小皿と、カップに入ったスープをテーブルに置いた。 続いて奥さんらしき人が、焼いた野菜と一緒に盛られた、チキンのグリルを運んできた。 「後でコーヒーをお持ちしますね」 「ごゆっくりどうぞ」 カウンターとテーブルを往復して、それぞれの前にお皿を並べると、赤いバンダナで髪をまとめた奥さんが、笑顔を見せて下がっていった。 「あのお二人はね、定年過ぎてからここを始めたんだって。奥さんがずっと、お店をやりたかったらしくって」 「そうなんだ」 サラダの皿には、ルッコラやレタスに、赤い小蕪のスライスなどが盛られ、柑橘系の香りがするドレッシングが掛かっている。 「美味しいね。野菜も瑞々しいし」 「そうでしょう? 凝った料理という訳じゃないんだけど、素材が活かされてるよね」 焼き目の付いた皮が、パリッと音を立てそうなチキンの周りには、カボチャやじゃがいもの素焼きが並び、そちらにも控えめにソースが掛かっている。 ひとしきりサラダを味わった後、焼き野菜をフォークで刺して、「こういうのなら、私でも作れるかも」と彼女が言った。 「いつか、美月の作ったもの食べたいな」 ちょっと踏み込んだつもりでそういうと、彼女はただ微笑んだ。 そんなふうに、デートする恋人同士のように向き合っていたけど、ふと、顔見知りの店に俺を連れてきても大丈夫なのかな、と思った。 目を上げて、スープカップを両手で包み込み、口に運んでいる美月を見る。 屈託がなさそうな彼女の様子に、あえてそんなことを聞くのは止めておいた。 彼女がいいのなら、それでいい。
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