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「ごちそうさま。美味しかった」
レストランを出て、来た道とは違う道を戻る。多分、こっちのほうが近道だ。
「量は足りた?」
「部活で腹ペコだった頃のように食べなくても大丈夫」
そう言うと、美月は笑った。
「時間は、まだ大丈夫?」
ポケットからスマホを出して時間を見る。まだ7時半を回ったところだ。
「着いたのが早かったから、まだ大丈夫」
とりあえず、遅くても不自然に思われない程度の時間に、家に着けばいいのだ。
外灯が照らす池の周りを、ふたりでのんびり歩く。
「今夜の月は、まんまるだね」
木々が開けた池の上に、ピンクがかった月が昇っていた。
「今日は十五夜じゃなくて、16日目の月だな」
スマホで月齢を調べながら言う。
「そうなんだ。十六夜の月ね」
月を見上げながら美月がそう言った。
「16日目の月は、満月より後だから、『いざよう』って『ためらう』っていう意味もあるんだって。満月より遅く、ためらいながら出てくるって」
「そうなんだ」
自分の名前に月が入ってるから、月にちなんだ言葉に興味がある、って学生時代に言ってたな。
さっきも通った白樺林の小道に入る。
所々にオレンジ色の外灯が立っていて、足元を穏やかに照らしてくれる。
『ためらう』って言葉に触発された訳じゃないけど、小道に入ったとき、思いきって彼女の左手を握った。
美月は驚いたように一度俺を見上げて、でも柔らかく微笑み返してくれた。
それで安心して、手を繋いだまま彼女の家に戻ってきた。
「こっち」
家の敷地を建物の後ろへと回っていくと、木の塀に囲まれた小さな庭があった。
以前は花か何か、植えられていたのだろう。今は、細長い畑の様なスペースがあるだけだ。
その端に、がっちりした木のベンチが据えてあった。
並んでそこに座ると、ちょうど仰向いた方角に月が見える。
「お月見だね」
「今日の月はちょっと赤味がかってるから、なんか暖かく感じるな」
「そうだね、不思議」
そうやってしばらく月を眺めた。
「この間から考えていたんだけど…」
「うん?」
「俺と美月がお互いを意識したのって、高2の秋に同じ委員会になって、同級生から『寺寺コンビ』って、からかわれたからだろ?」
「そうだね、委員を決めた時、黒板に苗字を並べて書かれて、それで言われたんだよね」
「それで、一緒にいろんなことやっているうちに付き合うようになったんだよな。だから、付き合い始めたきっかけなんて、本当に些細なことなんだよな」
「そうかもね」
「今だって、毎日いろんな人と出会うし、仕事以上の付き合いができそうな人もいるけど、ほとんどの人はそれきりなんだ。
でも、俺と美月はそこから気持ちが繋がった。これって、やっぱり縁があったっていうことなのかな」
「そうかもね。星と月だし…」
そう言ってふふふっと笑う。
「卒業以来、12年も会ってなかったのに、こうして会えたのも何かの意味がある。きっと」
繋いでいた手を反対の手で引いて、彼女の肩を抱き寄せた。
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