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いつも彼女の町に行く日は、第一週の金曜日だった。 自分の営業先で一番遠いのがあの町で、次の日休めるから、帰りが遅くなったり、多少予定を詰め込んでも大丈夫だと思って、金曜日にしていた。 大抵の病院は土曜日もやっているので仕事はできるのだけど、会社は休みなので出社の義務がない。 うちの社は、月の売上が一定額を超えるか、大型の機械が売れると報奨金が出たりする。 だから、慣れた営業がどう動くかは、本人に任されていた。 売上を伸ばすには、新規の顧客を開拓するのが一番早い。 この町にクライアントが増えれば、来訪する回数も、もっと多くできる。 中学二年のときにこの町に転校して、高校卒業まで過ごしたので、それなりに土地勘はあった。 それに、東京からわざわざ来て、最新鋭の機械を紹介する、と言えば、話を聞いてくれる病院もある。 土曜日は半日しかやっていない病院も多いので、その後なら、とアポを取れる時もあった。 ふたつの病院で土曜日のアポが取れたとき、次の出張は泊まりにする、と決めた。 『今日は何時頃、来れる?』 既存のクライアントを2件回って、車の中で昼休みを取っていたとき、美月からメッセージがきた。 『夕方、一件アポあるから7時くらいかな』 『じゃあ、夕ご飯作るよ。家に来て』 了解、のスタンプを送る。 これは文字通りの意味なのか、それとも深読みしてもいいのか。 とりあえず、さっさと仕事を終わらせよう、いつもの自分で、と言い聞かせた。 長いひと月だった。 奈央が二人目の話を出してきたことで、心が揺れていた。 美月とは、昼間のメッセージのやりとりは続けていたけど、彼女は遠慮しているのか、そんなに頻繁には送ってこない。 そのペースに合わせていると、二日くらい何もない日もあった。 社用スマホは、帰宅と同時に電源を切って、仕事用のバッグの中に入れたままにしてある。 機械を納入した先でトラブルがあったとき、カスタマーセンターに連絡するように必ず案内はしているけど、たまにこの電話に連絡してくる病院があるからだ。 機械のトラブルは、営業の俺には解決できない。 営業時間内なら、俺の方でカスタマーセンターに電話するなり、何とでも対応するけど、時間外は対応しない、と割り切っていた。 だから、家に帰れば美月のことは忘れて、夫と父親に戻れていたのに、もし奈央に誘われたら、と思うと心中は穏やかでなかった。 もし、素直に口に出せるなら、『美月がいなくなるまで待って欲しい』 そう言いたかった。 奈央のことと美月のことを、両方同時に進行していくなんてことは、俺には難しかった。 中途半端に終わると、また後を引きそうで、自分の気持ちに区切りをつけたい、と思っていた。 そのくせ、美月に「今日が最後だから」と言われたら、自分はどうなってしまうのだろう、とも思う。 区切り? そんなもの、言い訳でしかない。 分かってる。 世の中的に見て、自分の想いがどんなに勝手なのかも分かってる。 そんな理性で割り切れない気持ちが、どんどん動いていくのを、他人事のように感じていた。
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