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作業机の上には、これから作る物なのか、いろんな紐や石、金属のプレートなどが、区分けされた箱に並んでいる。
「どんな作品を作っているの?」
そう言いながら作業台に寄っていく。
「こんな感じ」
ノートパソコンの画面、手作り品のマーケットの中に、カタログのようにいくつもの作品がアップされている。彼女のページらしい。
「メンズはないの?」
「あるわ」
いろんな色を使ったレディースとは違い、茶や黒の細い皮を編んだ物が多い。
「こんな感じ」
完成品を並べてあるらしい箱を棚から降ろして、一本を指さす。
細い黒紐を編み、二連にしたブレスレットだ。真ん中に、細い長方形のプレートが編み込んである。
「いいな。格好いい」
ブレスレットはしたことがないけど、こんなシンプルなものならつけてみたくなる。
「でも、光星にはあげられない」
「なんで?」
「普段使わないものを、男の人が持っていたら、一緒にいる女性は絶対に気づく。だから…ごめんね」
そう言った彼女の、椅子の背に乗せていた手を握った。
「…分かった」
そっと彼女の手を引いて、腕の中に入れた。
もともと細身だったけど、こうやって抱きしめると本当にその細さを感じる。
「あの頃より痩せただろ?」
うん、と頷いて、俺の背中に腕を回してくれた。
そのままどうしたらいいか分からなくなって、しばらくBGMに掛かっていた女性の歌声を聞いていた。
「上着から雨の匂いがする。少し乾かさないと」
顔を上げてそういった彼女に
「そうだな」と答えて、やっと身体を離した。
上着を脱ぐと、彼女が玄関の脇にあったコートハンガーに掛けてくれた。
玄関扉の向こうには、壁に沿って階段が延びていて、突き当たりで90度曲がると2階へと続く。
階段下には、バスルームやトイレの扉がある。
そっち側は2階までの吹き抜けになっていて、空気を攪拌する大きなファンが回っているのが見えた。
「エアコンをドライにしてるから、帰るまでには乾くわ」
座って、と促され、食卓テーブルに着く。
2人分のランチョンマットが敷かれ、フォークやスプーンが並んでいる。
ネクタイを緩めて抜き取ると、隣の椅子の背に掛けた。
「光星が、ネクタイしてるなんてね」
ガスレンジのフライパンに火を点けると、彼女はそう言って笑った。
トマトソースのパスタに、生野菜のサラダ。ベーコンとレタスのスープ。
そんなメニューは普通の家庭のようだったけど、白いしゃれたお皿とカトラリー、水の入った青いグラスも彼女の好みのらしく、レストランのような雰囲気を作っている。
テーブルの上には太いローソクが灯って、暗くなった家にオレンジ色の光を放っている。
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