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「うん。4年前に。職場の後輩と」
俺の左手には結婚指輪がある。
「子どもさんは?」
「ひとりいる。2歳の男子」
「いいね」
「美月は?」
一番聞きたかった質問だ。
「半年くらい前に結婚話をしてたんだけど、相手が急に海外赴任になっちゃって。それで延期になってる」
「結婚するの? その人と」
「そうね」
「いつ頃?」
「3~4ヵ月先かな。とりあえず、彼が赴任地で落ち着いたら、私が行くことになっていたの。今の感じだと向こうに行って入籍になるかな」
「そうなんだ、どこの国?」
「中国。上海になると思う。」
「そっか…」
それきり、しばらく沈黙の時間があって、ふたりともコーヒーを飲み終わると、
「じゃあ、行くね。会えて嬉しかった」
そう言って、美月が立ち上がろうとした。
「どうやって帰るの?」
なんかそれきりにしたくなくて、俺はとっさにそう聞いてみた。
「バスで家の近くまで行けるの」
「俺が車で送っちゃダメ? 営業車だけど」
美月は少し考えて、返事をくれた。
「そう? じゃあお願い」
喫茶店から20分ほど走ったところで、幹線道路から枝道を入り、大きな自然公園の近くを走ると、別荘地のようなしゃれた家が何棟か建っていた。
「あそこなの」
そう言われて、砂利の引かれた白い家の前に入っていく。
「おしゃれな家だね」
白樺の木立に囲まれた2階建ての洋館だ。
「前にある撮影で使ったんだけど、とっても気に入って。持ち主がいなくって貸家になっていたから、思い切って借りたの」
「そうなんだ。誰か一緒に住んでるの?」
「今はひとりよ。一応、クラフト作家の端くれなので、アトリエみたいでいいなって思って」
「何を作っているの?」
「こういうような、紐を編んでいろんなアクセサリーを作って、ネットで売ってるの」
そういうと自分の左手にあったブレスレットを見せてくれた。
細い黄色の紐を独特の編み方で編んで、間にカラーストーンをいくつか通してあった。
「趣味の延長だけどね」
それだけでは、ここの家賃は払っていけないだろう。
きっと誰かが、彼女の生活の面倒を見ているとしか思えない。夫になる人だろうか。
そう思ったら、とっさに彼女の右手を取っていた。
「なあ、美月…」
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