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膝の上に載せられていた、彼女の細い右手にそっと触れた。
彼女が手を引かなかったのを良いことに、その手を引き寄せて包み込む。
「俺たち、お互いが嫌いになった訳でもないのに、なんで続けていけなかったんだろうな」
手元に視線を落としたまま、思っていたことを口に出してみる。
彼女はなんて答えようか迷っているようで、少し間があった。
「…あの頃はまだ学生で、今みたいに一人ひとりスマホを持ってる訳でもなかったし。
毎日一緒にいるのが当たり前だったから、遠距離になってお互い環境も変わるだろうし、続けていく自信がなかったんだよね」
「そうだな。それに何となく、自分も相手もいろいろが変わっていくだろうから、お互いを縛るのは嫌だっていう気持ちもあった。もっと我が儘になれば良かったんだ」
細い指の感触が、なぜか切なさを誘う。
「…もし、もっと早く、お互いが独身の頃に再会できてたら、また俺のこと彼にしてくれた?」
彼女が手を引っ込めずにいてくれることに賭けて、そう聞いてみた。
「多分…ね」
「俺も、そう思う。美月のこと本当に好きだったから」
好きだと思った人に、好きになってもらえた、その幸せな気持ちは、何にも替えられなかった。
「ただ、毎日一緒に帰ってただけなのにね」
夕暮れが少しずつ夜の闇に変わっていくのを気にしながら、それぞれの家に向かう最後の別れ道に立って、他愛もない話をずっとしていたことを思い出す。
土日は部活、退部した後はそれぞれ塾に通っていて、デートらしいデートも、あまりしていなかった。
「最後の誕生日にもらったネックレス、まだ持ってる」
彼女はそう言って、ふふふ、と笑った。
「俺も、キーホルダー持ってるよ」
そう言うと、お互い顔を見合わせて微笑みあった。
「社会人になって、女性と付き合うってことがどういうことか分かるようになって、もう一度、美月と付き合えたらと、本気で思っていた時期があった。
…どうにかして連絡先を知りたかったけど、同級会もないし、俺はここが地元じゃないから、知り合いも少ないし、もっとちゃんと連絡を取り合っていれば良かった、と本当に後悔した」
手の中にある、彼女の手が動いて、俺の左手を握った。
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