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当時の、彼女の友人の言葉を借りれば、美月は俺に会うための舞台として、この家を用意したのだ。
俺に家庭があったから、自分にも夫になる人がいる、と偽ったのだと思う。
どちらかが独身なら、そうでない方は罪の意識を抱くのは当たり前だから。
ふいにフェンスの向こうに、大人の物らしい大きな帽子が見えた。
多分、地面にかがんでいたから、こちらからは見えなかったのだ。
思わず警戒されない程度に近寄ってみる。
どんな人が住んでいるんだろう…
その人は、敷地の横にある白樺林の方へ歩いて行く。
後ろから、白い小さな犬が尻尾を振りながらつきまとって歩いている。
持っていた雑草らしき物を、敷地の端にまとめておくと、横の水道で手を洗う。
犬が蛇口に口を寄せて、水を浴びながら飲んでいるのを笑って見ている。
あっ、と思った。
玄関の方へ戻りながら、帽子を取ったその人は、ずっと俺の心の中に住んでいた彼女だった。
「みづき!」
俺の声に驚いて、顔をこちらへ向けたその人は、その場に立ちすくんだ。
思わずフェンスを回って、彼女へ近づいていくと、その顔を確かめた。
「美月、だよな?」
今更、聞くなんて、と思ったけど、もうどうしようもない。
「…光星? なんで? どうして?」
立ちすくんだままの彼女に、腕を回して抱きしめた。
「そう、俺だよ。美月、会いたかった」
身体を少し離して、もう一度顔を見る。
あの頃より少しふっくらとして、顔だってそれなりに年齢を重ねていたけど、でも分かった。
「良かった、生きててくれて。ありがとう」
そう言って、もう一度抱きしめた。
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