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ずっと待っていた、美月の街への訪問日。
なるべく早く、いつものルートを回って、飛び込み営業も何件かこなした。
『何時頃来れる?』
昼過ぎに、彼女からメッセージがに来た
『5時半くらいには終わりそうだよ』
『じゃあ、この前のお礼に夕食ごちそうするね。近くの店を予約しておくから、家の駐車場に車を停めてね』
夕方、彼女の家の敷地に車で入っていくと、音が聞こえたのか、玄関扉が開いて彼女が出てきた。
「お疲れさま。ちょっと早いけど、散歩しながら行こう」
細身のパンツに白のセーターを着た彼女は、薄手のコートを羽織っている。
春先の陽気は気まぐれだ。上着を脱ごうかどうしようか、と迷って、結局そのまま行くことにした。
「光星は手ぶらでいいよ」
そう言われて、荷物はそのままにして歩き出す。一応財布は胸ポケットに入っている。
結婚指輪はさっき、財布の小銭入れに入れておいた。
彼女の家の隣は、自然公園の敷地になっている。
白樺の並んだ小道には、ウッドチップが敷き詰めてあり、ウォーキングコースになっていた。
犬を連れて散歩している人にすれ違ったりする。
「夕方なのに結構、人いるね」
「朝はここを走っている人もいるよ。ちょっと町から離れているから、いいのかもね」
手持ち無沙汰で落ち着かないので、左手をズボンのポケットに入れる。
右を歩いている美月の手に触れたら、握ってしまおうか、と考えたけど、少し距離がある。
どうやったらさりげなく握れるだろう、と思うところは、まるで付き合い始めた恋人のようだ。
木々の間を抜けると、結構な広さの池が横たわっていた。
テニスコート2面分くらいはありそうだ。真ん中に人工の島があって、鴨なんかの鳥が泳いでいる。
池の周りには芝生が植えられ、ところどころに白樺だけじゃなく、桜や紅葉も植えられている。
それぞれに木の種類が書かれたプレートがついているところを見ると、訪れる人を楽しませるために植えられたものなのだろう。
陽はまだ落ちておらず、辺りは夕暮れ時の色に染められていた。
風がそよいで、湖面にさざ波が立っている。
「気持ちがいいね」
最近、こんなふうに自然の中を歩いた時間はなかった。
空気がきれいなせいか、木々の間を通り過ぎる風が心地よかった。
「そうでしょう? 時々、あのベンチに座ってのんびりするの」
そう言って、彼女は笑った。
「いいね、美月らしい」
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