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俺が東京の大学に行くと決めたとき、彼女は、このまま地方に住むと言った。 「私は、都会の雰囲気にきっと馴染めない」 その言葉は、こぞって上京したがる同級生の中にあって、自分のことをよく分かっている大人のように感じられた。 本当のところ、もし彼女も東京の学校に行くことになったら、それからも関係を続けていけるような気がしていた。 だからその言葉を聞いたとき、卒業したら、もう続けていけないのだな、と思ってしまったのだ。 現に今、俺は都会の片隅のマンションに住み、彼女はこんなに緑の多いところで、のびのびと生活している。 お互いに違う環境で暮らし、もう交わることもなかったかもしれない関係なのに、心だけがあの頃の延長のように彼女を求めている。 のんびりと池の周りをぐるっと4分の3ほど歩いていった先に、大きめのログハウスのような建物があった。 「あそこがレストランになっているの」 池に突き出すようにウッドデッキが作られ、テーブルや椅子が置かれているのを見ると、天気の良い日には外で食事もできるらしい。 「地元の農協さんと提携してるから、野菜とかお肉も美味しいんだよ」 近寄って行くと、入り口の横に『本日のディナー』とメニュー内容の書かれたチョークアートの看板が立っていた。 彼女は木製のドアを開けると、中に入っていく。 「いらっしゃい」 白髪交じりの背の高い男性が、カウンターの向こうから笑顔で声を掛けてくる。 美月は顔見知りらしく、「あちらに」と奥のテーブルを示される。 『Reserved』のプレートが置かれた席に座ると、先ほどの男性が近寄ってきた。 「ご予約ありがとうございました。今夜のメインは地鶏のグリルですが、パンとライスはどちらにしますか?」と聞いてくれた。 それぞれにパンとライスを頼むと、店主らしい男性は頷く。 「今夜は、ルルさんは?」と、美月がそう聞く。 俺が、奥さんか誰かかなと思っていると 「いますよ。まだお客さんが来る時間帯なので、2階に」 そういって、壁際に添って伸びている階段の下に立ち、「ルル~」と呼んだ。 すると2階から音がして、上から大きなゴールデンレトリバーがトントンと降りてきた。 階段の一番下に扉が付いていて、そこから出てこられないようになっている。 美月は立ち上がって、階段の方へ向かった。 彼女はそっと自分の手のひらの匂いを嗅がせて、慣れたところで、その犬の首を撫でてやっていた。 男性が「ルル、ホーム!」と言うと、大きな身体を反転させて、狭い階段を登っていった。 「慣れてるんだね」 美月は席に戻ってきて、手をおしぼりで拭っている。 「いつも、うちの前を散歩していくのに会うから」 と、笑顔で言った。
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