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Prologue
「寺岡さん?」
そう苗字を呼ばれて振り向くと、ひとりの女性が立っていた。
営業先の病院を出て、駐車場へと足を向けた時だ。
「えっ? もしかして美月?」
「そう。やっぱり光星だよね」
「よく分かったね? 中にいたの?」
「うん、受付で光星の苗字を呼ばれてたからびっくりした」
「まあ、俺ら寺寺コンビだったからな」
「そう、寺なんとか、っていう苗字にどうしても反応しちゃうよね」
そういう彼女の苗字は寺谷だ。
高校の同級生だった彼女は、薄手のグリーンのセーターに細身のパンツ、手には小さな白いバッグと、すっかり女性らしい装いになっている。
まあ、自分は営業用のスーツに、カタログがいっぱい入ったビジネスバッグだけど。
「これからどこかに行くの?」
「ううん、帰るとこ」
「それなら、ちょっとお茶しようよ」
「光星は大丈夫なの?」
「大丈夫、自分のペースで動けるから」
そういって、ふたりで歩きだし、目に付いたカフェに入る。
4人掛けのテーブルごとに仕切りがあって、周りを気にせずに話せるようになっていた。
コーヒーをオーダーすると、しばらく無言で、お互いを見つめる時間になった。
「高校生だった美月の、お姉さんと会ったみたいだ」
「光星も」
「でも、変わらないな。雰囲気は」
「光星は大人の男って感じ」
さりげなく、彼女の左手を観察する。結婚指輪はない。
「もう、12年になるんだね」
そういう彼女に頷いて、コーヒーをひと口飲む。
「元気だった? ずっとこっちに住んでいるの?」
一緒だった高校は、隣町にある。
うちは転勤族だったから、ここが地元ではなかったけど、彼女の実家は比較的近くにあったはずだ。
「短大を出て、こっちの会社に就職したから」
「そうなんだ。どんな仕事?」
「普通の事務の仕事。でも去年、いろいろあって辞めちゃった。光星は?」
「東京の大学に行っただろう? 卒業して医療機器の会社に入ったんだ。
あちこちの病院に営業回りする仕事」
「だからあそこに行ってたんだね」
「そう。毎月、このくらいの日程でこの辺りの病院を回ってる。美月はどうして?」
「あそこに定期検診に通ってるの」
「そうなんだ、どこが悪いの?」
「前の仕事がきつかったから、ちょっと体調崩してて。辞めたのもそれが原因なの。今は落ち着いてるんだけどね」
ストレートだった髪が、肩の辺りでゆるくウェーブしている。
首元には細いチェーン。
「…光星は結婚したの?」
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