八つ当たり

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『八つ当たり』  結婚して10年、妻は面白くないことがあるとすぐに私に当たる。 「だいたいあなたがいけないのよ。あなたが外食したいって言うから、そしたらこんなに渋滞にはまったんじゃない。いつになったらお店に着くのよ」 「そんな俺に八つ当たりするなよ、渋滞は俺のせいじゃないんだから」 「あんたのせいよ!」  またある時は、 「私がこんなに太ったのもあなたのせいよ」 「おいおい、それは八つ当たりだろう」 「あなたがもっと私に愛情を注いでくれたらこんなに太ならなかったのよ。だいたいあなたが、だいたいあなたが・・・、あぁ、もう!全部あんたのせいよ!」  私は妻の八つ当たりのたびに悪くもないのに「すまない、すまない」と言って妻の機嫌が直るのをじっと待つ。  どうしたら妻の私への八つ当たりが収まるのだろう。  そんなある日私は出張で出かけた先の温泉宿で、どこかの大学のサークルだろうか喧嘩している男たちを見た。ところがその後、喧嘩していたはずの男たちが仲良く露天風呂に入っていた。  裸の付き合いは喧嘩をおさめてしまう。  そういえば妻と一緒にお風呂に入ったのはいつの頃が最後だったろうか、私たち夫婦も一緒に旅行に行って美味しいものを食べ温泉に入れば、私の妻への愛を見直して私に当たることなく、仲の良い夫婦になれるかもしれない。そう思って妻を温泉に誘った。  久しぶりの夫婦二人の旅行に妻も喜んでくれた・・・、のは初めだけだった。  やれ、旅館が遠いとか、値段が高いとか、料理がイマイチだとか、妻はこの旅行に文句ばかりを言っている。このままではいくら我慢強い私でも後に引けない喧嘩になってしまう。  それでも私は怒りをグッと抑えて妻を部屋についている露天風呂に誘った。広い温泉に入って裸で話をすれば今までのわだかまりも解消するだろう。  お互いちょっと恥ずかしかったが背中を向けて風呂に入った。 「気持ちいいなぁ」 「本当ね」 「今まで悪かったな」 「そんなことないわあたしこそ」  やはり温泉はいい。温泉に入りながらだと喧嘩にならない。私たちはお互いを思いやった。 「あたし、そろそろ」 「なんだ、もう出るのかもうちょっといいじゃないか。こんなこともなかなかないんだから」  私はそう言って妻を引き留め温泉を楽しんだ。  妻はほんのりピンクからだんだん顔が赤く蒸気してきた。 「あなたそろそろ、出ましょうか?」 「まだ早いよ。せっかくきたんだからすぐ出たらもったいないよ」 「あたし出たいのよ」 「いいだろう」 「よくないわよ、のぼせてきたの。このお湯も熱いじゃない」 「熱くないよ」 「あなたは熱いのが好きかもしれないけど、あたしは熱いのよ」 「ちょっとぐらい我慢しろよ」 「じゃあ水を入れてよ」 「水で薄めるなよ」 「熱いって言ってるのよ」 「熱くないよ」 「熱いわよ」 「熱くない」 「熱いから熱いって言ってるのよ、だいたいこのお湯ピリピリするし、匂いもきついし、なんなのよ!」  と言って妻は真っ赤になって怒り始め、挙げ句の果ては倒れてしまった。  私は妻を部屋に運び、うちわで仰ぐ。 「フゥー、フゥー、全く、なんなのよ!フゥー」  妻の怒りはおさまらない。 「なんだよ、温泉に入ってまで俺に八つ当たりするのかよ」 「違うわよ、私のは湯当たりよ」 『八つ当たり』でした。
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