本当に、ありがとう。

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「どちらまでですか? お客様」  降りしきる霧雨の中、深夜タクシーのドライバーである俺は、よく『出る』と言われる墓地沿いの通りを抜けきって、明るい大通りに出てから、傘もささずに歩道にたたずんでいた若い女性を拾った。  彼女は、うつむきながら、か細い声でここから車で10分ほどの住宅街の住所を告げる。俺は、リヤシートが濡れた時のために常備していた大き目なタオルを彼女に差し出して濡れた髪の毛を拭くように勧めてから、タクシーを動かす。 「寒くないですか? 暖房強めにしましょうか?」 「……」  俺が声をかけても、彼女は押し黙ったまま窓の外を眺めているようだった。  そうこうするうちに、目的の住宅についたが、彼女はタクシー代を持ち合わせていないとの事で一度灯りの消えている家の中に入って行った。  ☆ ☆ ☆ 「ごめんなさい、おまたせしてしまったわね」  私はタクシー代を持ち合わせていなかったので、家に入ってお金を探してから、待っててくれたタクシーに代金を払うために玄関の前に出た。  ……と、家の前にはタクシーがいなかった。  ☆ ☆ ☆  その日、連日連夜の仕事もあって、終電帰りの私は具合が悪くて今にも倒れそうだった。その時、墓地の方から現れたタクシーは、すーっと私の前に止まって私を乗せてくれたのだ。  もしもあの時タクシーに乗れなかったら、私は人通りの途絶えたあの道で霧雨にうたれたまま倒れていただろう。  タクシー会社に問い合わせても、あの時間あの通りを走っているタクシーはいなかったそうだ。  結局は、墓地の通りから現れたあのタクシーのおかげで私は命拾いしたのだ。こんどあのタクシーが現れたら、私は迷わずにタクシーを拾い運転手さんにお礼を言うだろう。 「ありがとう」と…… 了
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