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九度目の冬
「そろそろ子ども欲しくない?」
彼女が月島翠になって迎えた二度目の冬。小さなソファに並んで小さな子どもが初めておつかいにいく番組を見ながら、最近考えていたことを口にした。
本人から直接言われたことはないけれど、翠はおそらく子どもが好きだ。だって出先で子どもを見かけた時の翠の表情は、花ひらくように綻ぶから。翠がそんな風に笑うのは、それが本心であることの証だ。二十五歳の僕らの友人には、親になったやつはまだ少ないけれど、翠は僕がそう言うのをずっと待っているんだろうなと思って疑わなかった。
それなのに、僕に寄りかっていた翠の右半身がびくんと震えた。あれ、僕は何か間違えたのか? 予想と違う反応に顔を向けると、僕を見上げた翠が目を細めた。
「うん。そうだね」
とてもぎこちない笑顔だった。本心とそぐわなくても相手を傷つけたくない時、昔から翠はこんな顔をする。
「翠がまだだと思うなら、別にそれでいいよ?」
「私、そんな嫌そうな顔した?」
「嫌そうな顔はしてなかったよ」
だけど、百パーセント同じ気持ちだという顔はしていなかった。それを伝えると翠はまた気に病むだろうから、僕は何も言わずにその漆黒で艶のある柔らかい髪をそっと撫でた。黒目の大きな瞳に少しだけ戸惑いの色を浮かべ、首を傾げた翠の唇にそっと口づけを落とし、僕は不意に生じたわだかまりをなかったことにしようとした。
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