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知らない過去
10
「・・・史生の会社の方でしたね―――――」
史生はもう帰りましたか?。そう聞こうとした俺の言葉は遮られた。
「史生、この1週間無断欠勤してるんです。何か聞いてませんか?―――あの、ご家族の方・・・なんですよね?」
「・・・え?無断欠勤って――――1週間前・・・そんな――――――」
「体調崩されて入院されてたのって・・・」
「―――俺、です・・・。退院する前日までは毎日会ってたんですけど、それ以降全く連絡取れてなくて・・・」
「それはいつの話ですか?」
「・・・ちょうど、1週間前です」
「何かあったんですか?その時」
そう問われ、俺は一瞬言葉を失う。
原因は、間違いなく俺にある・・・そう思った。
「・・・心当たり、あるんですか?」
俺は無言で頷き、そしてその流れのまま軽く頭を下げ踵を返した。
後ろで何か叫ばれた気がしたけれど、俺は気にせず車へ向かう。
車に乗り込みイグニッションキーに手をかけた。
「―――待てよっ!!あんた、人の話を最後まで聞けって―――」
運転席の窓を叩かれ、ハッとして視線を向けるとさっきまで話していた男が呆れた様に俺を見ていた。
俺は窓を開け、「何ですか?―――急いでるんです・・・」とぶっきらぼうに答える。
「探す当てはあるのかよ」
少し前までの探る様な敬語はどこかに消え失せ、その男は強い口調を俺にぶつける。
「ねぇよ・・・俺は、10年以上前に家を出てるから、あいつのことを何も知らねぇんだよ。―――わかってるのは、史生の身に何かが起きてるってことだけだ。・・・自宅に、行く―――――」
同じだけ乱暴にそう答えた俺に、その男が、「ひとつだけ教えておいてやる」と、言った。
―――――うそ・・・だろ。
俺は、”それ”、を目の前にして、俄かには信じられなかった。
隣には、この場所を教えてくれた男――太田聡<オオタ サトル>が、無言で立っている。
太田聡は俺に言った。
「あんたの言う自宅って、どこだよ」と。
最初何を聞かれているのか全く分からなかった。
自宅・・・おれの知っている自宅は、あの門脇家だけ。
もう二度と戻らないと思っていた、あの家だけだ。
しかし、今俺の目の前にある家は、俺の知っているあの家ではなかった。
“あんたたちの育った家は、とっくの昔になくなってるよ”
太田聡が俺に言った言葉。
そして連れて来られたこの場所。
波トタンの錆びた壁、ペンキの剥げた色褪せた屋根・・・そこは、同じ造りの小さな家がいくつも並ぶ、低所得者向けの公営住宅だった。
「・・・一体、どうなっているんだ――――いつからここに・・・?」
言葉が震えてうまく声を出す事が出来ない。
俺は絞り出すような声を発して漸く太田にそれだけ尋ねる。
「・・・さあな。8年前に入社してきた時には、もうここに住んでたけど。―――――電気、点いてる・・・おかしいな昨日までは留守だったのに・・・」
最後独り言のようにそう言って、太田が玄関の扉に手をかける。
「・・・待て、待ってくれ!!―――ここで、史生は誰と暮らしてる?」
「・・・母親だ」
「・・・門脇靖子、か?」
「他に誰がいるんだよ。―――――あんた、自分の親だろ?何でそんなこと確認するんだよ。・・・おい、まさか、知らないってこと、ないよな?11年前の事件・・・」
「事件・・・?」
何のことか分からない俺はただ短く聞き返す。
「―――信じられねぇ・・・」
心底呆れたと言うように俺を見据えた太田が、ちょっと来い、と俺の腕を乱暴に取り車へ引き返す。
「この先に喫茶店がある。そこまで行け。・・・何があったか教えてやる」
不遜にそう言い放ち、顎をしゃくって運転を促した。
家の中の様子も気になったが、それよりも、俺が出て行った後の門脇の家のことを聞かなければ先に進めないような気がして、俺は黙ってそれに従った。
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