欲求の捌け口

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欲求の捌け口

3 俺に、親はいない。 物心ついた時にはすでに同じような境遇の子供たちが多くいる、児童養護施設で暮らしていた。 そして、そこで兄弟同然に育ったのが、史生だ。 俺達は小学5年まで施設で暮らしていたが、どういうわけか2人一緒に同じ里親に引き取られ、その家の養子となった。 俺達を引き取ったのは門脇靖子という代議士。 独身で子はなく、大きな屋敷に一人で暮らす38歳の寂しい女だった。 当時県会議員だったその女は、次の国政選挙に立候補を表明していた。 当然ながら国益につながる御託を謳ってはいたが、子育て支援やひとり親の社会的地位の改善、そして生活弱者に対する保障など、さも女性受けするような文句を主軸に掲げ選挙戦を戦った。 その選挙戦の最中、俺達は門脇靖子の子として時折連れ出されることがあった。 後援会の人間たちに、”親のいない気の毒な子供を引き取って育てている強い女”、というのをアピールしていたし、それまで参加することなどなかった学校行事に顔を出し(もちろんそこで選挙活動などはしていなかったが)、俄か作りの良き母親を演じていた。 その結果なのか、やはり圧倒的な女性支持を勝ち取り、門脇靖子は晴れて国会議員となった。 ―――要するに、選挙に勝つための駒として、俺と史生は使われたのだ。 普段、門脇靖子は自宅ではなく議員宿舎に生活基盤を置いていたが、気が向いた時や、俺達の長期休みなどに合わせてふらりと自宅へ戻って来る事があった。 忙しそうにはしていたが、それでも俺たちにとっては唯一頼ることのできる大人であって、それなりに甘えさせてもらったし、可愛がってもらっていたと思う。―――――あの日までは。 高校1年になった俺たちは相変わらず何の苦労もなく、ありがたいほど恵まれた環境の中成長していた。 身長がぐんぐん伸びていた俺はその頃既に180cmを越えており、やっと170cmに届いたばかりの史生を”チビ”などとからかったりしていたが、喧嘩することもなく変わらず仲良く過ごしていた。 交友関係が広く遊ぶ仲間の多かった俺とは違い、史生は友人も少なく教室の隅でひっそり本を読んでいる様な大人しい奴だった。 ただ、史生の容姿は人目を引く。 自然な栗色の柔らかそうな髪の毛に、透き通るような白い肌、少し垂れ気味のぱっちりとした二重の目、俺の後ろに立ったらすっぽりと隠れてしまう程華奢な体。 同じ年頃の女受けしない変わりに、史生はいつからか、中性的なその容姿で男から恋愛感情を持たれるという、どうにも放っておけない状況にあった。 同じ高校に通っていた俺たちは、余程のことがない限り登下校は一緒だった。 「樹希がいれば、男に話しかけられないけど、女の子からは睨まれちゃうよ」、と冗談交じりに史生は良く言っていたけれど、俺は正直女なんてどうでもよかった。 ただ、心にあったのは、史生を守るのは俺しかいない、という自負だけ。 それがどういう感情か気づいたのは、―――――ずっと後になってからの事。 その日、珍しく自宅に戻って来ていた門脇靖子は、寝る前に自分の部屋に寄るようにと俺に声をかけてきた。 俺は、”何か怒られる事したっけ?”などと思いながらその部屋のドアをノックした。 「―――――なに・・・してるんですか?」 自分の目に映る光景が信じられなかった。 壁掛けの間接照明だけが仄かに灯る部屋の中央に置かれたベッドの上、そこに、裸の門脇靖子がうつ伏せに横たわっていた。 「・・・体中凝ってるのよ。ちょっとマッサージしてくれない?-―――小さい時からよく肩揉みしてくれたじゃない。樹希の力加減がいちばん気持ち良かったのよ。・・・ね、ちょっと揉んでよ」 「―――裸じゃなくても・・・タオル、かけますから」 ソファの上に投げ出されていたバスタオルを手にして、俺は”母親”だと思っていた女の体にそれをパサリとかけた。 「―――で、どこが痛いんですか?」 若干投げやりな口調でそう言って、太腿を跨ぐ様に膝立ちになり腰のあたりに親指を当てる。 「・・・ぜぇ~んぶ。とにかく体中何処も彼処も痛いの。――――とりあえず、肩から腰やって。あと、そのタオルもいらない。ジャマ」 はぁ~っ・・・とひとつため息を吐き、俺は言われた通りタオルを取り払い凝っている場所を探す様に指を背に這わせる。 門脇靖子の体は、40代とは思えない程引き締まっていて、無駄な肉はもちろんなく、かといってガラガラに痩せているというわけでもなかった。 顔は神経質そうなきつめの造りだったが、間違いなく美人の部類だろう。 実年齢よりもずっと若く見えたし、独身を通していたことが不思議な程、客観的に見て魅力のある女だと思っていた。 だからなのか・・・ 「・・・樹希。ソレ、何とかしてあげよっか?」 こんなの、間違っている―――――そんなことはわかっていた。 けれど、あの時の俺は、どうかしていた。 門脇靖子の肌に直接触れ、指を押し付ける度その口から漏れる吐息が嫌に艶かしく、俺の意思に反して体が勝手に反応してしまっていた。 途中でまずいと思い、少し腰を上げたりしてそれが当たらない様にしていたのだが、肩を揉む段になって、どうしてもその部分が女の臀部に触れてしまう格好になっていた。 つい数時間前まで母親だった女が、俺の下肢に顔を埋めている。 その行為に経験がなかったわけではない。 けれど、今まで受けたどんな刺激よりも、俺のソレは反応を見せていた。 きっと、この異常な状況が気持ちを昂らせていたのかもしれない。 気付いた時には、女が俺の上で腰を揺らしていた。 その日から、あの女は帰って来るたびに俺を部屋に呼んだ。 そして、俺もそれを拒めなかった。 狂っていたんだ。 しかし、あの女はそれだけじゃ満たされていなかった。 高校2年の冬。 任期満了に伴う選挙戦で、門脇靖子は落選した。 そして、俺だけに向いていたあの女の欲求の捌け口が、史生にも向けられた。 ただし、それは、性的なものではなかった。 たまたま、俺が予備校の冬期合宿に参加しに1週間ほど家を空けた間に、それは起きていた。 「史生・・・その顔の傷――――それに、手首にも・・・何があったんだ?」 帰宅した俺の目に飛び込んできた、痛々しい傷を負った史生の姿。 「・・・ちょっと、階段から落ちちゃって――――大丈夫、すぐ直るよ」 史生は笑ってそう言ったけど、俺は薄々気づいてた。 ―――あの女がやったんだ、と。 そして、それを問い詰めるため、女の部屋の扉を開けた。 が・・・、そこに女はいなかった。 出かけるとは聞いていなかったから、家の中のどこかにはいるはずだと、広い屋敷の中を探し回った。 そして、みつけた、あの部屋。 普段は納戸として使われている3畳ほどの狭い部屋。 その扉の内側から聞こえる、押し殺したような小さな叫び声。 ―――史生の声だった。 そしてその声に交じって聞こえる、肌を叩く鋭い音。 助けなければ・・・そう思っているのに、俺は、どうしてもその扉を開ける事が出来なかった。
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