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13年の次は3日
6
重い瞼を開け最初に見えたのはどこにでもある様なトラバーチン模様の天井だった。
そしてふと思う。
―――あぁ、俺、生きてるんだ、と。
挿管はされていないし、酸素マスクもしていない。
そうか、たいした傷じゃなかったのかと安堵する己の気持ちが情けなかった。
あれからどのくらい時間が経っているんだろう。
史生はまだ待っているんだろうか。
あの後みちるはどうなったんだろうか。
誰が俺を病院に運んでくれたんだろうか・・・
視線を巡らせ自分の置かれた状況を把握するため体を起そうとしたが、腹部に走る鋭い痛みに顔を顰め小さく息を吐く。
「―――気が付いた・・・?」
痛みに眇めた目を開き、声の方へ視線を向ける。
「っ・・・どうして――――」
そこには、待たせたままなのかと気にかけていた当の本人、史生が疲れた表情で立っていた。
「・・・それは俺のセリフだよ。――――いくら待ってもお前迎えに来ないし電話も繋がらないし・・・仕事が長引いてるのかと思ってタクシー拾ってマンションまで行ったんだ。そしたら・・・血塗れのお前が倒れてて、傍にもう一人男の子がいた――――」
「・・・みちる、行けつったのに―――――」
「・・・?あぁ、彼の名前・・・いたよ。ナイフ握り締めてガタガタ震えてた。―――お前を殺そうとしたんだって泣いてたよ。――――――樹希、行けって・・・お前、逃がそうとしたのか?」
「・・・今までのツケが回って来たんだ。あいつは悪くねぇ・・・俺の自業自得だ」
「――――そっか・・・」
少しの沈黙ののち、史生が呟いた。
「・・・13年の次は、3日だね―――」
意味が解らず史生を見上げる。
「樹希にもう会えないのかもって不安になった期間。13年の次は3日・・・でしょ?傷の程度からすればそんなに深いものではなかったし、臓器も神経も傷付いてなかった。それなのに樹希は全然目を覚まさなくて。・・・この3日間、俺がどんな気持ちでここに通ってきたか、お前にはわからないだろうな・・・」
呆れた様な諦めた様な弱々しい口調で史生が独り言のように呟く。
俺はまだ史生の言わんとすることがわからない。
けれど何か言わないと居た堪れない空気が流れ、無理やり声を絞り出す。
「わからないだろうと問われれば・・・すまん、わからない・・・」
けれど、次に史生の口から零れた言葉を聞いて、俺は驚きのあまり言葉を失う。
「―――――また、樹希がいなくなるのかと思って不安だった・・・」
そう言った史生の濁りのない澄んだ瞳から涙が一粒零れ落ちた。
俺は途惑い、そして期待する。
俺を恨んでいないのか?
俺を憎んでいないのか?
俺がいなくて寂しかったのか?
俺を待っていてくれたのか?
今のお前に・・・俺は必要なのか?
聞いてみたい・・・けれど今それを聞いてしまうのは、正直怖い。
俺が今までしてきたこと、史生に対して持つ感情、そういったことを今全て話したら、一体史生はどう思うのだろう。
離れて行ってしまうだろうか。
気持ち悪がられるだろうか。
・・・また、想いだけ募る日々を生きなければならないんだろうか。
再び失うかもしれない恐怖に、俺はどうしても口を開けなかった。
そんな俺に言えるのは、在り来りな言葉だけ。
「・・・ごめん」
「謝るな・・・命に別状がなくて本当に良かった――――――あぁ・・・あの子、今警察で事情聴取受けてる。もしお前の言うように、全部お前が悪いとしたら、あの子は警察にいるべきじゃない。・・・樹希。本当のところどうなんだ?」
「・・・警察、ここにも来たのか?」
「あぁ、来たよ。お前の意識が戻ったら呼ぶことになって――――って、その前に医者に知らせなきゃ・・・」
まずい、とでも言うようにスッと立ち上がり病室を出ようとした史生の手を俺は無意識に掴んでいた。
そして、バカな俺は期待する。
「・・・俺を、恨んでいないのか?お前を残して逃げ出したのに。―――――どうしてそんな涙まで流してくれるんだ・・・?」
一瞬驚いた様に目を見開いて、けれどすぐにまた俺の知ってる少し寂しげな笑みを浮かべる。
「樹希が大切だからだよ。俺の大切な・・・・・・家族だ」
俺の掴んだ手をやんわりと外し、「・・・医者、呼んでくる」そう言って史生は病室を出て行った。
―――何を、期待したんだ、俺は・・・。
家族・・・それでいいじゃないか。
史生にとって俺は大切な人間だ、そう思われているんだから、もう充分じゃないか・・・そう思う自分は確かにいる。
けれど、それより強い欲求が俺を支配して、叫び出したいほどの感情が込み上げる。
俺が欲しいのは家族じゃない。――――史生、お前だけが欲しいんだ、と。
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