罪滅ぼし

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罪滅ぼし

7 その後医師の診察を受け、改めて怪我以外体に異常がないと診断され、警察による事情聴取が病室で行われた。 警察はみちるの過失による傷害事件として扱うつもりだったらしいが、俺は届を出す気も訴えを起こす気もない、ただの痴話喧嘩の延長だから大事にしないでほしい、そう言って警察の介入を拒んだ。 彼らにしてみたら被害者であるはずの俺がみちるの行為を痴話喧嘩で済まそうとしているのだから、これ以上の捜査は必要ないと判断したのだろう、みちるは今後こういう事のない様にと厳しく注意を受けただけで釈放された。 そして、警察を出てすぐに俺の病室にやってきた。 「――――樹希さん・・・ごめんなさい。―――あの・・・こんなに酷い怪我をさせちゃったのに、どうして本当の事――――――――」 神妙な表情で入り口の前に立ったまま話すみちるの言葉を遮り、俺は刺された瞬間から(おそらく)ずっと思っていたことを口にした。 「・・・悪かったな、みちる。お前をここまで追い詰めたのは、元を糺せばはっきりさせなかった俺のせいだ。みちるが責任を感じることはねぇよ。――――――あの日、お前言ったよな。” あの人の代わりだったんでしょ”、って。・・・その通りだ。俺がずっと求めてたのはあいつだよ。でも、手に入れる事が出来なかった。たから、雰囲気が似てるってだけで、俺はお前をあいつの代わりに利用した。9年もの間、お前の体にも心にも、消しきれない傷を負わせ続けてしまって本当にすまなかった。・・・いや、謝って済むことじゃないってわかってる。けど、俺はお前に何もしてやる事が出来ないから、せめて、お前に与えられたこの傷ぐらいは俺が全部引き受けたい。それで、長年の罪滅ぼしをさせてほしい・・・」 そう言って深く頭を下げた俺に、みちるが涙声で一言呟いた。「・・・ずるいよ」、と。 俺は、「そうだな」と答える。 「俺は狡いし汚いし、弱い人間だ・・・こんな俺の我儘にずっと付き合わせて悪かった・・・ありかどう、みちる」 俺の言葉を聞き終えると、みちるはゆるく首を振っただけで何も言わず静かに部屋を出て行った。 そして、入れ替わるように病室に入ってきた史生が複雑な表情を浮かべて俺の傍らに立つ。 「―――聞いてたか・・・」 「・・・聞くつもりはなかったけど・・・聞こえてきた」 「そうか・・・」 終わったな・・・俺はそう思い気付かれない程度に口元を歪める。・・・けれど。 「樹希・・・お前、俺を抱きたいって、今でも思ってるの?」 史生の口から発せられた言葉を聞き、俺は自分の耳を疑った。 どうしてだ・・・どうしてそんなことを今聞くんだよ。 俺はその言葉に隠された意味を必死に探す。 史生は俺のとまどいなど気にせず淡々と言葉を続ける。 「――――俺たちは家族だよ。小さい時からずっと・・・いつも一緒にいて、離れるなんて考えもしなかった。俺の傍にはいつまでも樹希がいてくれるもんだって思ってた。だから、13年前のクリスマスイブの日、樹希が俺をあの家に残したまま一人で出て行ったこと、しばらく信じられなかった・・・それまで割と順調だった受験勉強が全く手に付かなくなって、樹希がいないってだけで何もする気が起きなくなった。―――――笑えるでしょ?」 笑えるわけ、ない。史生・・・これ以上俺に期待を持たせないでくれ。 俺は何も言えずただ首を振る事しかできない。 史生は表情を変えず尚も話し続ける。 「――悲しかったけど、恨むとか憎むとかそんな感情はなかった。だってあの日、樹希は俺を連れ出そうとしてくれた、”一緒にこの家を出ないか”って。・・・それを拒んだのは俺なんだ。・・・樹希が出て行ってからあの人は変わった。何かに怯えてるようにも見えたけど、でも、俺はあの部屋に呼ばれることはなくなった。あれ、樹希が何かしたからでしょ?最後まで俺を守って行ってくれた。――――――ずっと、使ってくれてたんだね、この時計―――」 そう言ってベッド脇の床頭台に置かれた時計に視線を向けた。
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