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仄暗い欲望
1
「・・・ぃ・・・ったぃ・・・んぁっ・・・つっ・・・あぁっ・・・そん、な、酷く・・・あぁっ―――!!」
うるさい・・・
「あぁ・・・た、つきさ・・・ハッ・・・あ、んっ・・・いい・・・すご・・・いぃ・・・もっと・・・」
だまれ・・・
「ぁ・・・そこ、そこ、すご・・・いいっ――ッ、ク・・・たつっ・・・ね、イっ、ちゃ・・――――あぁぁっ!」
「――――声出すな。俺の名前も呼ぶな・・・・・・ッ―――おい・・・ナニ勝手にテメェだけヨくなってんだよ。やめだ、やめ。―――――いいからもう出てけ」
イライラする。
「・・・っ!!ごめ・・・っ。ガマンできなくて・・・ね、機嫌直して?―――好きなだけしていいから、お願いっ・・・」
「――――お前、弛んできてねぇ?全然イケねぇよ、そんなんじゃ。ヨソで咥えすぎてガバガバになってんだろ?」
足りない・・・
「ちがっ・・・!!樹希さんだけだよ、もう誰ともしてないっ―――ね、樹希さん・・・」
「―――しゃぶれ」
満たされない・・・
「ん・・・――――たつきさん・・・美味し・・・――――んっ・・・」
冷たい床に裸の男を跪かせその髪を乱暴に掴み上げる。
俺の股の間に顔を埋め恍惚の表情を浮かべる様を見ても、気持ちが昂る事はない。
そして脳裏を掠めるのは、忘れたくても消えることのない・・・あの狂った毎日・・・あいつの笑顔・・・
「―――お前じゃねぇんだよ」
低く、唸る。
苦しげに眉根を寄せ涙を零しているのを気にすることなく、喉の奥まで激しく犯す。
跪く男の手が自分の股間で忙しなく動かされている。
「・・・こんなことされてるのに欲情すんのか?お前・・・――――この淫乱が・・・っ」
両手でがっちり頭を押さえ、小さく窄められた唇を押し開くように強く乱暴に口内を掻き回す。
粘膜が絡み、舌が触れ、時折歯も掠る。
感じない。――――心が、感じていない。
「――――っ、んっ・・・―――ふぅっ・・・」
「・・・はい、終わり。―――――もう次の予約時間になる・・・5分以内に出て行けよ」
こんな行為は無意味だと分かっている。
得るものなど何もない。
自ら吐き出した欲望の残滓と俺の感情の籠らないただの粘液に塗れた男を見ることもなく、俺はその異常な空間に背を向ける。
「・・・また、来週来るね――――」
小さく仕切られたその部屋の扉が閉まる直前、消え入りそうな囁きが聞こえてきたが、俺はそれに答えることはない。いつも。
入り口の正面にある受付カウンターに座り、ちらりと時計を確認する。
19:55。
次の予約まであと5分。
予約―――といっても、先程のような乱れた行為をする店ではない。
ここは整骨院。
柔道整復師という資格を有し、整骨院を開業している俺は、山野樹希<ヤマノ タツキ>30歳。
医者ではない。
医療行為と似て非なるものだが、柔道整復師法という範囲の中で定められた施術を行っている。
さっきのアレは・・・施術ではない。もちろん。
単なる遊び。
相手に対する思いも、当然情なんて類のものすら一切ない。
雰囲気さえ似ていれば・・・誰でもよかった。
俺は、最低な人間だ。
手元のカルテに目をやり、一層げんなりとした気持ちになる。
「・・・次は2丁目のババァか―――」
香水を頭からかぶって来たんじゃないかってくらい粉っぽい臭いを振り撒き、一体何を期待しているのか・・・一番遅い時間にわざわざ予約してまで通ってくる、近所のババァの顔を思い浮かべ気持ちは更に萎える。
あと、3分。
奥の部屋からさっきまで裸で乱れていた男が、まだ紅潮の残る顔で静かに出てきた。
栗色の髪。大きな瞳。白い肌。華奢な体型。
―――よく見ると、似てねぇんだよな・・・。
自嘲気味に薄く笑い、俺は手元の診察券をカウンターの上に静かに置く。
その男――古谷みちる<フルヤ ミチル>が口を開きかけ何かを言おうとした時、徐に入り口の扉が開き、「今からでも大丈夫ですか?」、という声とともに俺と同じくらいの年代の男が顔をのぞかせた。
「えぇ、10分程待っていただければ、診れますよ。―――どうぞ・・・」
「あっ・・・あぁ、俺じゃなくて―――――おい、史生!!まだ大丈夫だって・・・」
「・・・古谷さん。お大事に―――」
その言葉は、俺の最低限の義務。
早く出て行けと言わんばかりにそう告げた俺の耳に飛び込んできた、懐かしくそして胸を締め付ける名・・・
史生・・・?
―――まさか。と思った。
最初に入ってきた男が扉を大きく開け、片足を庇いながら立つ男を中に招き入れる。
「――――すみません、捻挫したのほったらかしてたら痛み酷くなっちゃって・・・、――――え・・・?樹希?樹希なのか・・・?」
「・・・史生―――――」
心が、掻き毟られていく。
澱んでいた感情が、無理やり流れを作り出す。
それと共に急激に沸き上がる仄暗い欲望。
欲しい。
今度こそ、欲しい。
「・・・久しぶりだな。史生」
過去のことなど気にしていないふりをして、見せ掛けだけの笑みを浮かべる。
逃がさない――――笑顔の下にそんな本心を隠し、俺は史生の手を掴んだ。
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