3 VS経営陣

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3 VS経営陣

 徳さん、かすみ嬢、それに日下部を交えた秘密の打ち合わせが何度か催されたのち、もしかしたら生きたまま人間を運べるかもしれない〈コクーン〉改造型――彼らのあいだでは超伝導棺桶と呼ばれている――の図面がついに完成した。  発案者が同じ会社に勤めていないというラグもあって、持ち込みから半年近くが経過していたが、どうにか人に見せられるレベルには仕上がった。あとはこれにしたがってプロトタイプを製造し、実際に打ち上げるのみである。  むろんことはそう簡単には運ばない。そのプロトタイプを作る金と資材が魔法みたいにぽん、と現出するわけではないのだ。どこからか調達しなければならない。打診先は必然的に〈オデッセイ〉経営陣ということになるが、日下部はこのプランを連中に納得させる自信がまったくなかった。  そこでかつての上司(もと日本支部渉外マネージャー、現合衆国本社上級幹部)に相談したところ、彼が全面的に協力してくれることになった。あれよあれよという間に説明会の日取りが決まり、ついに本日吉日、本社の会議室にて彼は戦々恐々としているのだった。 「そう弱腰になるなって。いつもの調子でやれば大丈夫さ」もと上司の倉本は太鼓腹を景気よく叩いた。「少なくとも役員どもはきみを取って食ったりしないんだから」 「まず英語でちゃんと話せるかどうかが問題なんですよ」 「カンニング用のプロンプタを用意してある」 「発音を笑われるかもしれない」日下部は食い下がった。 「日本人社員のお粗末な英語は例外なく、メリケンからばかにされてる。余計なことは気にしなくていい」倉本が優しく背中を叩いた。「ぼくがついてる」 「骨は拾ってくださいよ」  上司は人差し指と親指で環を作ってみせた。  一人、また一人と役員が入室し、やがて出席予定者全員が揃った。世界的な物流企業でのし上がってきただけあって、誰もが一分の隙もない高級な身だしなみで固め、戦闘態勢万端といった風情である。  日下部は開会のあいさつののち、たどたどしい英語で超伝導棺桶の売り込みを始めた。中断させられることこそなかったものの、室内の空気がぐんぐん冷えていき、いよいよ絶対零度に達せんとしているのが彼にはわかった。明らかにこの部屋の誰もが超伝導棺桶に好意的でないのだ。 「以上で説明を終わります」ごくりと息を呑む。「これより質疑応答の時間といたします。なにかご質問があれば、挙手にてお願いします」  その途端出席者全員が、小数点以下の誤差でいっせいに美しい挙手をやってのけたのである! それは新事業に対する明確な威嚇であった。渉外マネージャーはすっかり萎縮してしまった。頭のなかが次第にノイズまみれになっていく。まともにものを考えられない。 「〈コクーン〉で人間を運ぼうとする理由は」先陣を切ったのは痩せぎすのイギリス人だ。  頭にかかった靄を必死に振り払い、彼は大げさにせき払いをした。「低コストでの宇宙旅行を実現するためです」 「低コスト低コストと言うが、貨物用の便で旅行をしたがる人間はいまい」イギリス人は肩をすくめた。「きみはコンテナ船でエーゲ海クルーズをしたいと思うのか」  控えめな笑い声がそこかしこから上がった。 「軌道上に打ち上げたあと、旅行者はどうやって帰るんだね」お次は中国系の小柄な老人である。  盲点だった。日下部は心中で悪態を吐いた。こんなことすら考慮していなかったとは……。「おそらく安全に海へ着水できるはずです。貨物便で手順は確立されてますので、それを応用すれば――」 「北大西洋に猛烈な勢いでバウンドさせるのかね、生身の乗客を」  彼は気分を害されたていを装った。「もちろんパラシュートをつけますよ」 「いきはマッハ45で打ち出され、帰りは何100キロも下の海へ落下させる。人間を扱う手段としてはいかにも荒っぽく聞こえるな」  経営陣たちがいっせいにうなずいた。まずい流れだ。日下部はなりふりかまわず身振り手振りを交えて抗議した。「ちょっと待ってください。最初は〈リニア便〉だって同じような危惧を抱かれてました。これはあくまで試案である点をお含みおきください」 「〈リニア便〉のときは中身がどうなろうが考慮しなくてもよかった」イタリア系の紳士がなまりのきつい英語でくちばしを突っ込んできた。「だがこれはそうじゃない。最終的には人間を乗せて実験をする必要がある。きょうびそんな人体実験に承認が下りると本気で思ってるのかね、きみは」 「スプートニクもサターンも最初は人体実験でした」倉本が袖を引っ張って警告したが、彼は無視した。「なにもあなたがたを乗せるなんて言ってませんよ」  この一言が引き金になり、日下部は四方八方から集中砲火を浴びる破目となり、さらに悪いことに聖徳太子ではなかったので質問に答えられないまましどろもどろに対応するしかなく、説明会は最悪の幕切れとなった。  憤然とした調子で役員連中が退室したあと、倉本が打ちひしがれた若手の肩に優しく手をかけた。「きみはよくがんばったよ」 「そうでしょうとも」プロジェクターの電源を切り、機材を手際よく片づけていく。「倉本さんには迷惑をかけちまいましたね。せっかく本社に栄転したのに」 「気にしなくていい」仏のような笑みを浮かべた。「もう諦めるのかい、たった一度の失敗で」 「ご覧の通りの結果でしたからね、承認が下りなきゃなんにもできない。雇われの立場じゃここらが限界でしょうよ」  上司は薄く目を閉じ、鼻からゆっくりと息を吐き出した。「すまない日下部くん。ぼくにもっと力があればなあ」 「今度なにかあったときには、〈オデッセイ〉の社長になっててくださいよ」  二人は儀礼的に笑い合った。その笑みは乾いていた。
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