5 森下超伝導棺桶製作所、始動す

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5 森下超伝導棺桶製作所、始動す

 資金調達は意外にもとんとん拍子で進んだ。  これは倉本と日下部の貢献が大きかった。彼らは渉外部門という、いわば口八丁スキルのみが意味を持つ部署でウン10年も生き残ってきたばかりか、頭角を現してそれなりの地位を築いた口から出まかせのスペシャリストなのである。  主なターゲットは〈オデッセイ〉の既存顧客である。彼らはすでに〈リニア便〉に全幅の信頼を寄せて投資しているのだから、運ぶ中身がちがうだけの事業が当たらないはずはないと信じ込ませるのはさほど難しくない(日下部・倉本コンビはその運ぶ中身がちがう点こそがもっとも機微な要素であるという事実を、巧妙にぼかしさえすればよかった)。  もちろん新規開拓も怠りはしなかった。〈オデッセイ〉既存顧客にばかりちょっかいを出すのはビジネスのルールから大きく逸脱するとまではいわないものの、明らかに一般的な倫理には反するだろう。  二人が辞職する際、企業秘密である顧客名簿は当然持ち出せなかったけれども、頭のなかにしまい込まれたリストまで〈オデッセイ〉がどうこうできるはずはない。なりふりかまわなければ宇宙に興味があって、金をしこたま持っており、かつ投資をするほど山っ気のある連中に好き放題交渉できる。  だが二人はそうしなかった。ビジネスマンとしてダサいという理由以上に、宇宙に興味のない投資家たちをその気にさせられないようなら、遠からずこの事業は破綻するだろうし、その宇宙に興味のない人びとというのが超伝導棺桶の潜在的顧客なのである。内輪だけでシコシコやっていてはだめだ。興味のあるなしにかかわらず、あらゆる人間をこれに引っ張り込むという気概が大切なのである。  彼らの熱意が功を奏したのか、新規顧客たちが例外なく口車に乗せられやすいカモだったのか、そのあたりは定かではないし、重要でもない。ともかく〈森下超伝導棺桶製作所〉は必要なだけの資本金を獲得することに成功した。  企業発行仮想通貨(カンパニー・クーポン)が大過なく発行され、息を呑むほどの額が会社の口座に振り込まれているのを目撃した瞬間、ほぼ全員の脳裏に超伝導棺桶をまっとうに作るなどという気ちがい沙汰はやらず、投資専門の詐欺師になって海外へ高飛びすればよいのではないかという誘惑がよぎった。百万長者になれるチャンスだったにもかかわらず、彼らはあまりにも正直すぎたため、幸いにもくだんの犯罪は計画倒れに終わった。  次に問題になるのが超伝導棺桶の試作と試射である。資金のめどが立ったからといって魔法のように実機がぽん、と目の前に現出しはしないし、これまたサタンの力かなにかで棺桶が脱出速度に達することもない。 〈森下超伝導棺桶製作所〉は寄生虫戦法を採用した。  いちから超伝導棺桶を作る製造基盤を準備したり、いちから〈オデッセイ〉とはべつの射出用ガイドウェイをえんえんと引っ張ったりする代わりに、それらを保有している会社と交渉していいとこ取りをしようという腹なのである。  前者は〈コクーン〉のメーカーが相手になるわけだが、こちらは比較的スムーズにことは運んだ。話を聞くなりメーカーの幹部は身を乗り出して興味を示し、〈コクーン〉製造ラインの貸与、資材の提供、さらには組み立て作業員の斡旋まで申し出てくれた。  金さえ払ってもらえればメーカー側に特段の異存はなかった。〈コクーン〉の特許はとっくのむかしに切れているので製造技術の法的権利は存在しないし、この手の新しい試みは社員への刺激にもなる。それにもし将来的に――対応してくれた幹部はみじんもそのように考えているようすではなかったが――超伝導棺桶による旅客輸送が(物理的にだけでなく経済的にも)軌道に乗れば、それの製造を一手に引き受けられるかもしれない。  ただし製造物責任を全面的に〈森下超伝導棺桶製作所〉が負うならばだ。もちろん彼らは弁護士作成の書面にてその旨を確約した。かくしてメーカーとの交渉はまとまり、あとは図面に押し込められた棺桶を三次元に引っ張り出すだけとなった。  後者との交渉は難航した。日下部に代わって新たに〈オデッセイ〉渉外マネージャーに就任した男が前任者のライバルをしており、聞く耳すら持ってくれなかったのが向かい風になった。  それを差し引いても前職で培ったノウハウを活かせる同業他社を設立して、事業に横槍を入れてくる蚊トンボ野郎という立場なのだ。〈オデッセイ〉がいい顔をしなかったからといって、連中を独占企業だのなんだのと非難するのは筋が通らなない。一蹴されて当然なのである。  とはいえ〈オデッセイ〉が〈リニア便〉プラットフォームを貸してくれないからといって、はいそうですかと引き下がれるほど彼らに金銭的な余裕はない。ことに日下部とかすみを除く二名は妻子持ちであり、ある程度蓄えがあるとはいえ収入をそういつまでも途切れさせるわけにはいかない(辞職騒動で二組ともども離婚寸前までいったのだが、両細君は宇宙狂と結婚した時点で安定した生活を放棄していたため、なし崩し的に危機は回避されたという経緯である)。  なにより投資家たちに提出した事業プランには「〈オデッセイ〉のガイドウェイをレンタルする」とはっきり明記してしまっている。信頼性のあるプラットフォームだからこそ彼らも惜しみなく金を出してくれたのだ。いまさら自己資金で小規模の射出台をこしらえるなどと言ったが最後、資本は光速の六十パーセントで逃げていくだろう。  なんとしても〈オデッセイ〉を言い含める必要があった。ところが門は固く閉ざされている。それなら裏口から侵入するしか道はない。  幸い侵入経路の確保についてはあてがあった。
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