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三話 さいごの気付き
「あれを破壊すれば、この箱は機能を停止する。さっさと壊そう、リーニア」
「分かった」
コアのある空間は、敵が出てこない。
私は堂々たる足取りで、黒き握りを持った剣を抜刀しながら、無機質で白以外の色を拒んだ立方体の空間の中心で、空中に浮かんだ状態でゆったりと回転している、これまた、立方体で真っ白なコアに近づいていく。
しかし、半分辺りまで近づいたところで、フィーニスに制止させられる。
「……少し待って。――何かがおかしい」
彼のその予感は正しかった。
白いコアが急激に速度を速めて回転を始め――数秒して急停止した。
恐る恐る近づこうとした瞬間、再度回転を始めたコアから、無数のコピー体が出現し、白い空間を侵食し始めた。
「くっ、最後の障壁ってことかな!」
「らしいな。――数は多そうが、やることは変わらない! 」
交戦体勢に入ろうと、私は背中の剣に向けて右手を伸ばす。
いつも通り、対処すればいい――そのはずだった。
しかし、彼らは一向に襲ってくる気配がない。
なにより、今までとは異なり、完全に人型だった。性別も、髪の色も、顔の輪郭も、体格も――全て理解できてしまう。
「どう、して? どうして襲い掛かってこないんだ?」
女性の姿をしたコピー体が、その答えともいえる行動を起こす。小さな子どものコピー体の前で、頭を地面に擦りつけて、土下座したのだ。
「コロサナイデ! ころさないで! この子だけは殺さ……ないで」
それに続くように、他の模造者達が必死になって懇願し、自らの命を――いや、他者の命をも繋ごうとし始める。
「アタシタチガ……シタ……っていうの!?」
「助けて助けてたすけてたすけてタスケテタスケテ」
「殺さないで! 中には赤ちゃんがいるの! だから――!! おねがい……しま、す」
「……何? ――これ」
私は狼狽し、一歩後ろに下がる。あくまでデータ。あくまで模造。なのに躊躇が私を怯ませる。
その反面、フィーニスは佩いていた剣を抜き、複数のコピー体を纏めて斬りこみ蹴散らす。
「喋るなんて質が悪いっ! ……でも、あくまでコピー! 言葉を一々気にすることはないっ! さっさと倒そう、リーニア!」
私はキーラの言葉に無言で頷き、躊躇交じりで、子どもを庇う女性のコピーを――子どもごと突き刺した。
断末魔の叫び。直後、親子のコピー体は、規則性のない数値に変わり、宙を霧散。中心にあるコアへと吸収されていった。
それは、例え言葉を発しても、本当の人間ではないという確かな証。
それを把握出来た私は、躊躇いこそあるものの、剣を一閃。一体ずつ倒して処理をしていく。
一体を倒す。断末魔の叫びをあげながら、消えていく。
一体を倒す。激しい憎悪を向けながら、消えていく。
一人を倒す。小さな顔がどこかに飛んで、死んでいく。
一人を殺す。イタイイタイと呻きながら、死んでいく。
一人を殺す。赤子の泣き声が止まり、死んでいく。
何かが変わる感覚に気が付き、私は剣を振るうのを止めた。
それを好機ととらえたか――戦うことが可能な男のコピーが、こちらに向かって躊躇なく突進してくる。
「私は……ワタシは?」
私はなんで彼らを殺しているのだろうか――同じ人間のはずなのに。
襲い掛かってこない無辜な人間をなんでコロシテいるのだろうか。襲い掛かってくる有害な人間をなんでイカシテいたのだろうか。
なんで。
なんで。
なんで。
ナンデ。
ナンデ。
ナンデ。
なんでなんでナンデなんでナンデなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナン。
「どうしたの!? リーニア!?」
「……あぁ、そうか……私は――」
一つの解を導き出すと同時に、頭の中を過激なノイズ音が侵食し――。
私がワタシを蝕んだ。
既の距離にまで迫っていた、強靭な筋肉を持つ男の首を、自らの身を守るためではなく、快楽を満たすために、刎ね落とす。
首に剣が侵入するとき、骨のような何かが、振るう速度を遅らせた。
まるで本当の人間の首を刎ねたかのような感覚。
そんなことはどうでもいいと思いながら、私はまた、無辜な人間に剣を振るい始める。
――今度は一切の躊躇なく。
新たな智慧をつけたと言わんばかりに、綺麗すぎて逆に非現実的になってしまっている紅色の液体が、本当の人間であれば臓器をあらわにしているであろうコピー体の傷口から、零れ落ちる。
それは無機質で綺麗な真っ白な床を――より一層美しいものへと変え始めた。
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