ブドウのおじさん

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ブドウのおじさん

 3歳の奈美子は、ブドウの木を見たことがなかった。  外遊びが好きで、テレビもあまり観なかったから、映像も見たことがなかった。  ある朝、おばあちゃんと近所を散歩していたとき、すれ違ったおじさんの顔を見て、奈美子はハッとした。  おじさんの顔の片側には、1つともう半分、粒になりかけの大きな紫色のブドウの実が付いていた。  本当は、チアノーゼの上にできたイボだったのだが、3歳の幼子がそんなこと知るわけない。  ブドウは人の顔に実るものだったのだと、奈美子は誤解した。  その日から毎日、おばあちゃんとその時間にその道へ行った。  ブドウはなかなか房の形にならなかった。  奈美子はついに行動に出た。  急に近寄ってきた幼児に、おじさんは驚いたようだったが、おばあちゃんが「おはようございます」と挨拶すると、にこやかに挨拶を返してくれた。  やさしいおじさんだ。  奈美子は思い、言った。 「おじさん、ブドウ、なったら、なみこにちょうだい。なみこ、いつもここにおさんぽにくるから。」 「な、奈美子!」  おばあちゃんは焦ったようだ。  おじさんはしばらくポカンとしていたが、やがて察したらしい。ははは、と笑って言った。 「ブドウは秋に食べられるようになるんだよ。秋まで待ってね。」 「わかった! やくそくね!   おじさん、いいなあ、ブドウがなるの。  たべほうだいなの?」 「はっはっは、そうだね。じゃあね、おじさん、お仕事に行く途中だから。」  おじさんは手を振って、工場地帯に入っていった。  奈美子はドヤ顔でおばあちゃんをふり向いた。 「なみこ、こうしょうじょうずでしょ、おばあちゃん!」 「もお、奈美ちゃんは頭がよすぎるわ。」 「へへへー。」  奈美子は嬉しかった。大きな粒のブドウは、なかなか買ってもらえないからだ。 「こういうの、『よやく』っていうんだよね!」 「そうやー、奈美ちゃん最近どんどん言葉増えるなあ。」 「いま、あそびぐるーぷに、ろくねんせいがいるんだ。いろんなごっこあそびするんだ。いっぱいしってるんだよ。ろくねんせいってすごいんだ。」 「そうやな、ろくねんせいは最高学年やからな。」 「さいこうがくねんってなに?」 「奈美ちゃんにはまだまだ先の話やけどな、小学校っていうところのな………」
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