姫宮姫子のお悩み相談所

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ヒーロー  姫宮姫子(ひめみやひめこ)は、空き教室の姿見の前で、ポーズをとっていた。  「あったり前でしょ! この一件、きっちり片付けるわよ!」  ポーズをとったまま、姫子が叫ぶ。 しばし、沈黙が流れる。  紅茶のカップを両手で持った小夜(さよ)が、姫子の横に座っている。小夜は苦笑いしながら言った。  「ねぇ、姫。さっきから何やってるの?」  ふふん、と鼻を鳴らしながら、姫子は小夜のほうを向いた。  「もちろん、ヒロインとしての特訓よ。『姫宮姫子のお悩み相談所』としては、ここぞってときに、ビシッと決めたいじゃない?」  ああでもない、こうでもない、と小柄な体を動かして、ポーズを試行錯誤する様子を見ながら、小夜は紅茶をすすった。  (ポーズなんて決めて、どうするんだろう……)  よく分からないこの友人の奇行を眺めながら、しみじみと思う。でも、本人が楽しそうなので、小夜にとっては、別に構わないことだった。むしろ、楽しくさえある。  ヒロインかぁ、と小夜は思う。自分は小柄でたいした取り柄もないし、姫子のように可愛いわけでも、ましてやお嬢様でもない。私には(えん)のない言葉だな、と思いながら、もう一口紅茶をすする。  姫子と小夜は、ここ、私立姫宮高校の一年生である。姫子は日本でも有数の大財閥「姫宮グループ」の令嬢で、理事長である姫宮幸蔵(こうぞう)愛孫(あいそん)だ。  何不自由なく高校生活を謳歌(おうか)する姫子なのだが、とある出来事から「姫宮姫子のお悩み相談所」を校内に開設している。  小夜と出会ったのは、彼女のストーカー事件を解決したのがきっかけだった。元々姫子には取り巻きはいても親しい友人はおらず、小夜もそれは同じだった。性格も境遇も全く違う二人だが、今はこうして同じ部屋で、同じ時間を過ごす間柄となったのである。  小夜の目から見れば、なぜ姫子が自分のような一般人と友人になろうと思ったのか、謎である。友人ができたのはもちろん嬉しいことだが、どうもこの学校一の奇人の考えることは分からない。  ふう、と一息ついて、姫子は小夜の横にある椅子に座り、テーブルの上の紅茶を手に取った。  「それにしても、暇よねぇ」  授業が終わり、遠くグラウンドからは野球部やサッカー部の声が響いてくる。また、校舎の別の方向からは、吹奏楽部や管弦楽部の練習の音が聞こえてくる。  「みんな部活とかで、忙しいんじゃないかな」  「部活ねぇ」  「姫は、部活やらないの?」  紅茶のカップを置き、姫子は小夜のほうを見ながら答えた。  「何言ってるのよ。あたしはお悩み相談で忙しいのよ」  今、自分で暇だと言ったのになぁ、とは小夜は突っ込まなかった。  「小夜こそ、部活やらないわけ?」  「わ、私は、運動とか苦手だし」  「あんた可愛いんだから、美術部とか写真部とかどう? いいモデルになれるかもよ?」  「えぇ、そんなの恥ずかしいよ。私、可愛くなんてないし」  ぽっ、と小夜は顔を赤らめる。赤い(ふち)の眼鏡にショートヘア。整った顔立ち。どうやら一部の生徒に人気なのだとか。  「謙遜(けんそん)しなくてもいいのに」ツインテールの赤いリボンをいじりながら、姫子は足を組んで、窓の外に目をやった。鮮やかなカーテンの隙間から、午後の物憂(ものう)い日差しが注いでいる。  「じゃ、あんた。あたしの助手になりなさいよ。うん、それがいいわ」  「じょ、助手?」  「そうよ。これから二人で、いろいろなお悩みを解決するのよ。我ながら良いアイディアだわ」  「でも、私何もできることなんて……」  「いいの、いいの。きっと小夜にしか分からないことも、あると思うのよ」  「もう、強引なんだから」  小夜が困ったように笑っていると、周囲のいろいろな音に混ざって、たったっと小刻みに走る音が聞こえた。 そして、ガラッと音を立てて、相談所の扉が開く。  「あ、あの」  小夜がそちらに目をやるより先に、今まで目の前にいた姫子の姿が消えた。いつの間に移動したのか、開いた扉の前に移動していた。  「依頼人! 何が起きたのかしら? あたしになんでも相談するといいわ」  扉の前に立っていたのは、小柄な姫子の肩くらいの身長の、男の子だった。野球帽をかぶって、Tシャツに半ズボン。小学校の低学年くらいだろうか。  それを見た姫子は、きょとん、と目を丸くする。  「何よ、子どもじゃないの。どうやって高校の敷地内に入ってきたのよ」  子どもは少しびくびくしながら、姫子に答えた。  「入り口にいたおじさんに、話をしたら入れてくれたの。新聞に載ってたお姉ちゃんに会いたい、って言ったら、いいよ、って」  「まったく、この学校のセキュリティはどうなってるのよ。ま、いいわ」  姫子はポケットから、小さなリモコンのような黒い物体を取り出すと、スイッチを押した。  そのとき、一陣の風が吹いた。  どこから現れたのか、二人の大男が姫子の前にひざまずいていた。  『御前(おんまえ)に』  「(まもる)(すぐる)、お客さんよ。紅茶は飲めないだろうから、麦茶。あとお菓子」  『かしこまりました』  子どもは目を輝かせて、執事の二人を交互に見ながら叫んだ。  「わあ! お兄ちゃんたち、どこから来たの?」  衛はにこりと微笑むと、子どもに目線の高さを合わせて答えた。  「お坊ちゃんが、もう少し大きくなったら、分かりますよ。さぁ、こちらの椅子へどうぞ。お嬢様に、ゆっくりとお悩みをお話しください」  私にも分からないんだけどなぁ、と小夜は思った。  * * *  「ぼく、たかしっていうんだ。姫宮小学校の一年生なの」  「あぁ、姫小の子だったの。それなら、ここまで来れても不思議じゃないわね。ほら、チョコレートと麦茶、召し上がれ」  姫宮グループの私立学校は、幼稚園から大学まである。ほとんどの生徒は幼稚園から受験をして入学し、そのまま大学まで進学する。大学を卒業すると、そのまま姫宮グループの傘下(さんか)の会社で働く学生がほとんどである。  「ありがとう、お姉ちゃん。ぼく、チョコレート大好きなんだ」  たかしは嬉しそうにチョコレートを勢いよく頬張る。ごく、ごく、と勢いよく喉を鳴らして麦茶を飲む姿を、姫子も小夜も、微笑ましく眺めていた。  ひとしきり食べ終わると、たかしは満足そうに笑った。  「美味しかった! ありがとう、お姉ちゃん」  「私は姫子よ。こっちは助手の小夜」  「よ、よろしくね~」  小夜がひらひらと手を振る。あっと言う間に、助手としてデビューしてしまった。  「後ろのお兄ちゃんたちは?」  「衛と申します。以後、お見知りおきを」  「傑ッス。よろしくッス。お坊ちゃん」  衛は目を閉じたままうやうやしく頭を下げ、傑は気さくに右手を軽く挙げてみせた。  「お兄ちゃんたち、さっき、ぱっと出てきたの、すごかった! ジャスティスマンみたい!」  「何よ、ジャスティスマン、って」  衛が微動だにせず答える。  「僭越(せんえつ)ながら、お嬢様。ジャスティスマンとは、今テレビで放映されている特撮ヒーローの名前でございます。幼稚園生から小学校低学年、それから一部の主婦に人気があるようでございます」  「主婦? 今どきの主婦は特撮を見てるわけ?」  「はい。出演している俳優がいわゆる、イケメン、だそうで」  「ぼくのTシャツも、ジャスティスマンなんだよ、ほら」  たかしは、自慢気にTシャツを見せびらかした。  なるほどね、と姫子はうなずいた。  「ちょっと、そんな特撮ヒーローはいいのよ。あんた、何か悩みがあってここに来たんじゃないの?」  「あ!」  にこにこしていたたかしは、はっと我に返って姫子に慌てて話を始めた。  「ぼくのパパを、ヒーローにしてほしいの!」  姫子は真顔になって、固まった。その場にしばらく、沈黙が漂う。  「……なんですって?」絞るような声で、姫子が問い直す。  「だから、ぼくのパパを、ヒーローにしてほしいの」  「どういうことなのよ。詳しく話しなさい」  立ち上がってぱたぱたと手を振りながら、たかしは早口でまくしたてた。  「あのね、ぼくのパパ、ジャスティスマンに出てるの。それでぇ~、なんだっけ。うんとね、でも、悪いやつだから、友だちがみんなバカにしてくるの。え~とね、う~んと、お前のパパは、悪いやつだーって!」  「う~ん?」  子ども独特の話し方に、姫子は首を傾げる。  小夜が穏やかな口調で、たかしに言った。  「つまり、たかし君のパパは、ジャスティスマンの悪役を演じる俳優さんなのね。それで、悪い人の役をやっているから、友だちにバカにされちゃうのね。だから、姫にパパをヒーローにしてもらって、友だちにパパのすごいところを見てほしい、ってことかしら」  「そう、そう! そういうことなの!」  姫子はびっくりした様子で、小夜を見ると、腕を組んで鼻を鳴らした。  「つまりあたしが言いたかったのはそういうことよ。さすが、あたしの助手」  (お嬢、絶対分かってなかったッスね)  衛の裏拳が、傑のみぞおちを抉るように打った。  「おうふ!」  「わっ!」  突然の出来事に、たかしが驚いて声をあげる。  「あぁ、気にしなくていいのよ。こいつらのスキンシップよ。じゃれてるだけよ。あんたも休み時間に、男の子の友だちと遊ぶでしょ。あれと同じよ」  「失礼いたしました。たかし様、どうぞお話をお続けくださいませ」  「姫子お姉ちゃん、パパをヒーローにしてほしいの! だめ?」  床に這いつくばった状態で、衛に殴られた傑が苦しそうな声を出す。  「お嬢、受けるんで?」  姫子は立ち上がり、ポーズを取りながら叫んだ。  「あったり前でしょ! この一件、きっちり片付けるわよ!」  練習の成果があったなぁ、と小夜は笑った。  * * *    とりあえず、姫子たちはたかしの父に会うことにした。  たかしの家は高校から少し離れた郊外にあったので、衛の運転するロールスロイスで向かった。道中、小夜は、初めての高級車に緊張でがちがちに固まっており、対照的にたかしは、はしゃいでいた。  たかしの家に着くと、たかしの父はたまたま家にいて、会うことができた。俳優らしいすらりとした外見で、小顔。小夜もテレビで見たことがある顔だった。雑誌には、年齢は三十代後半と書いてあったような気がするが、年齢よりもずっと若く見えた。さすが芸能人だなぁ、と小夜は思った。  「パパ!」  「おかえり、たかし」  たかしの父はにこやかにたかしを迎えた。そして、たかしの後ろにいる奇妙な一団に、少々戸惑って、声を掛けてきた。  「あの、あなたがたは?」  姫子は腕を組んで、ふふん、と鼻を鳴らした。  「あたしは姫宮姫子。姫宮大附属高校一年生にして、『姫宮姫子のお悩み相談所』の主よ。こっちは助手の小夜。後ろの二人はあたしの執事で衛と傑」  紹介を受けて、小夜たち三人は軽く一礼する。  「私はたかしの父で、洋介(ようすけ)と申します。姫宮……あぁ、この前新聞で読みましたよ。あの、姫宮グループのお嬢様ですよね。もしかして、たかしが何か、ご迷惑をお掛けしたのですか?」  洋介は恐縮して、おずおずと尋ねた。  姫子は、たかしから受けた依頼の話を、簡単に説明した。すると、洋介はますます恐縮して、ぺこぺこ頭を下げ始めた。  「そんなことのために、わざわざいらしてくださったんですか。これは申し訳ない。たかし、しょうがない奴だな、お前は」  洋介があまりにも恐縮するので、たかしもむきになって答えた。  「だって、だって、パパがバカにされるのが、悔しかったんだもん」  「そうは言ってもなぁ、この方々にご迷惑をお掛けするわけには……」  言い合う二人に、姫子が割って入る。  「いいの、いいの。あたしが力になりたいのよ。困っている人たちの力になるのが、『姫宮姫子のお悩み相談所』の、お仕事なのよ」  「はぁ……しかし、そうは言われましても。お気持ちはありがたいのですが、一体どうやって……」  「それについては考えがあるわ」  小夜はものすごく嫌な予感がしたが、とりあえず姫子が上機嫌で話を始めようとしているので、黙っていることにした。  「まず、たかしを含めた近所の子どもたちを、埠頭(ふとう)の倉庫に拉致(らち)するわ」  『えぇっ!』  その場にいた執事以外の全員が、驚きの声をあげた。  「ひ、姫。拉致って……さすがにそれはまずいんじゃ……」  小夜がたまらずに制止しようとするが、姫子は、ちっちっ、と指を振った。  「小夜。話は最後まで聞きなさい。ちゃんと保護者に事情を話して、同意を得てから拉致するのよ。子どもたちに、絶対に危害は加えないわ。それで、衛と傑が悪者役で子どもたちを脅かすの。そこへ、たかしのパパが現れて、衛と傑をばったばったとやっつけて、子どもたちを助けるの。どう? 完璧なヒーロー作戦でしょ? 衛、傑!」  執事の二人は、うやうやしく一礼をしながら言った。  「かしこまりました。保護者の方々への了承、埠頭の倉庫の手配。洋介様のヒーロー演出の準備、でございますね。一時間ほどいただければ」  「ウィッス」  姫子は、満足そうに頷いた。  そのとき、一陣の風が吹いて、一同が思わず目を閉じる。再び目を開いたときには、二人の執事の姿は消えていた。 「どう?」 姫子は洋介に、上機嫌に尋ねた。  「う、う~ん、話が突然すぎて、頭が混乱していますが……そこまでしていただけるというのであれば、お願いいたします。うまくいくか不安ですが」  「大丈夫よ。あたしに任せなさい」    * * *    一時間後、埠頭の倉庫。  真っ暗な倉庫の中に、たかしを含め、六人の子どもたち、そして小夜が、ロープでぐるぐる巻きにされて、並んで転がされていた。  (なんで私まで捕まってるんだろう……)  たかし以外の子どもたちは、公園で遊んでいたところを、突然黒塗りのロールスロイスに押し込まれ、気がつけば埠頭の廃倉庫に閉じ込められていた。大声で泣き叫ぶ子どもたち。  「こわいよ~!」  「うわ~ん! おかあさ~ん!」  「だれか、だれか助けて~!」  すると、今まで真っ暗だった倉庫の中に、薄明かりが灯る。子どもたちはびくっ、とそちらに目をやる。  薄明かりによって視界に浮かび上がってきたのは、サングラスを掛けたスーツ姿の衛と傑だった。  「はははは~、怖いか~、子どもたちよ~」  「お前たちは~、これから俺たちが、食べちゃうッスよ~」  完全に棒読みなセリフの二人に、小夜は苦笑いする。しかし、子どもたちは突然現れた大男たちに、ますます恐怖したようで、ぎゃんぎゃん泣き始める。  「泣いても~、無駄ッスよ~、助けなんか~、来ないッスよ~」  そのとき、カッ、とスポットライトが、埠頭の壁を照らした。光の先には大きな窓があって、その窓の縁の部分に、洋介が立っていた。ジャスティスマンの主人公の普段着を来て、変わったデザインのベルトを付けている。  「待てーい!」  さすがに俳優だけあって、演技に迫力がある。  「子どもたちをさらうとは、なんたる悪逆非道(あくぎゃくひどう)、許してはおけん! 子どもたちよ、もう大丈夫だ!」  子どもたちは、はっとそちらを見て、叫んだ。  「あ! たかしのパパ!」  「たかしのパパだ!」  「たかしのパパ、助けて!」  子どもたちは、知っている人間の顔を見て、また大声で助けを求めながら泣き叫ぶ。  「今助けるぞ、みんな! ジャスティス・チェンジ!」  洋介が叫ぶと、ベルトがまばゆい光を放つ。あまりの眩しさに、そこにいた全員が思わず目を閉じる。再び目を開くと、洋介の姿は、テレビで見たままのジャスティスマンに変身していた。  「わーッ! たかしのパパがジャスティスマンになった!」  「す、すごい」  子どもたちが歓声をあげる。小夜も思わず驚く。  とぅッ、という掛け声とともに、洋介が颯爽(さっそう)と着地する。  「覚悟しろ、悪人たちめ!」  ファイティングポーズをとる洋介。衛と傑も、それに反応する。  「お、お前はジャスティスマン~。なぜ、ここに~」  「ま、負けないッスよ~。子どもたちは俺たちが食べるッス~」  相変わらず棒読みの二人。洋介の演技が堂に()っているだけに、非常に対照的に見える。  「行くぞッ!」  洋介が二人に飛びかかる。素早く二人に一撃を打ち込む。衛と傑は「ギェ~」という声をあげながら吹き飛ぶ。  「うぉ~! たかしのパパ、強い!」子どもたちが湧き立つ。  しかし、吹き飛んだ二人はすぐに立ち上がり、さっと体勢を整える。  「ははは~、そんな攻撃で、我らが倒せるものか~」  「効かないッスよ~、ふははは~」  「くッ、悪者たちめ!」  子どもたちが、ごくり、と息を()む。  そのときだった。  倉庫の扉が勢いよくがらっと開いて、つかつかと姫子が入ってきた。  「あんたたち、演技が下手すぎるのよーッ!」  そう叫ぶと、姫子は強烈な一撃を、衛と傑に打ち込んだ。『ぎゃっ』と、今度は演技ではない声を二人は漏らした。そのままごろごろと転がりながら、倉庫の隅にあった空のドラム缶に突っ込んで、動かなくなった。ガランガラン、と()びたドラム缶が転がる音がしたあと、倉庫の中は沈黙に包まれる。  「お、お」  子どもたちが、歓声をあげる。  「お姉ちゃん、強ぇーッ!」    * * *    姫宮大附属高校の相談所。  姫子は、ひどく落ち込んで椅子に座ってうなだれていた。  小夜が必死に慰めている。  「姫、機嫌直してよ~。結果的に、洋介さんは近所の子どもたちの人気者になったんだし」  「あたしの、あたしの完璧な作戦が」  部屋の隅には、頬に大きな絆創膏を貼った衛と傑が、神妙(しんみょう)に正座していた。  そのとき、廊下のほうから、たったっ、と小走りに駆けてくる音がした。  「姫子お姉ちゃーん、小夜お姉ちゃーん!」  姫子と小夜が相談所の入り口に視線をやると、たかしと、紙袋を持った洋介が立っていた。  「あぁ、たかし。今回は、あたしの失敗よ。悪かったわね」  「えーっ? お姉ちゃん、すごくかっこよかったよ!」  「それじゃ、だめなのよ。あぁ、このあたしが失敗するなんて」  たかしは不思議そうに首を傾げている。  洋介が、すっと前に出て、姫子に話し始めた。 「姫宮さん、今回はありがとうございました。私は普段、悪役ばかり演じているので、正義の味方を演じることができて、とても楽しませていただきました。それにたかしも、たかしの友だちも、みんな喜んでくれています。保護者の方々からは、ぜひとも、今度は自分たちも生で見たい、と好評でして。本当に、ありがとうございました。これ、つまらないものですが、みなさんでどうぞ」  洋介は大きな紙袋を、姫子に渡した。中を見ると、お菓子の詰め合わせだった。  「あ、ありがとう。失敗しちゃったのに、気を遣わせてしまって、悪いわね」  姫子は顔を赤くして、汗をかきながら、申し訳なさそうに紙袋を受け取った。  「姫子お姉ちゃん、これもあげる!」  たかしが差し出したのは、小さなフィギュアだった。  「何よ、これ」  「ジャスティスマンのフィギュアだよ!」  姫子はフィギュアを受け取ると、しげしげとそれを眺めた。  そして、満足そうに笑った。たかしの頭を優しくなでる。  「ありがと、たかし。大事にするわ」  洋介とたかしは、丁寧に礼を言うと、教室を後にした。  相談所の豪華なテーブルの上に、ジャスティスマンのフィギュアを置くと、それを見つめながら、姫子はしみじみと呟いた。  「ヒーローも、なかなか悪くないわね。今度、ジャスティスマン、観てみようかしら」  その様子をみて、小夜もにっこりと笑った。
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