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『花ひらく』
「あなた臭いんだからそのまま食卓に座らないで、ご飯はお風呂に入ってからにして」
「綾がね、あなたが学校に来ると恥ずかしいから来ないでって」
「あんたがそんなにガリガリに痩せてるから、私が白い目で見られるんでしょう。ちょっとは肥えてよ」
「グズなんだから、邪魔なのよ、稼ぎが悪くわねぇ、臭い、きもい、だらしない・・・」
私は見かけも良くないし、仕事もできる方ではない。なんとか社会にしがみついて家族のために働いている。
だが、家に帰ってもそんな私を妻が責め立てる。私の容姿が悪いから妻は近所やPTAで肩身が狭いらしい。それは分かっているが妻の言葉が辛い。
「豚ブタぶた、お前なんか豚だ」
「俺のことを臭いって言うな、お前の口臭だって歯クソの匂いじゃないか」
私は妻が寝た後に焼酎を飲みながら、ゴミ箱に向かって小さな声で妻への愚痴をこぼす。唯一ゴミ箱だけが私の感情を吐き捨てることが出来るものだ。
『あぁ、スッキリした』
結婚当初はこんな妻ではなかった。優しくて可愛くて何かにつけて私のことを気にかけてくれた。だが、結婚して20年も経つとどこの家庭でもこんなものかもしれない。
とすると、妻への愚痴は私だけではないはずだ。新興住宅地の一軒家ならどこの家庭も似たり寄ったりだ。あちこちの家の中で夫がゴミ箱を抱えて愚痴をこぼす姿を想像して少しだけ愉快になる。
あれ・・・?
ふと見ると、私のゴミ箱から何やら緑色の点が見える。顔を近づけてよぉく見ると双葉が出ていた。
『植物の芽だ』
空っぽのゴミ箱のはずなのに、土もなければタネも入れた覚えはないのに。焼酎の飲みすぎなのか・・・?
朝起きると昨日見たゴミ箱の双葉からさらに葉っぱが一枚増えていた。
次の日も私はゴミ箱に妻の愚痴をこぼす。
「俺のトンカツが脂身ばっかりだったじゃないか。一番美味しい右から三番目と四番目のところを子供達のお皿に乗せやがって、俺にももっと美味しいところをよこせ」
「豚がお化粧したって所詮豚なんだよ」
するとゴミ箱の植物にまた一枚葉っぱが増えた。
私はその日から、その芽にめがけて愚痴を言い続けた。するとその植物はどんどん成長し蕾を一つつけた。
やがて、見事に美しい花を咲かせた。
私はこれを妻に見せた。
「お前、ちょっと見てくれ、ほら」
「何?」
「何って、ほら、こんなに綺麗な花が咲いたんだ」
「どこに咲いてるの。あなた頭がおかしくなったんじゃない」
妻にはこの花が見えなかった。
私の頭がおかしくなったのか?
「そんな汚いゴミ箱外に出して。家に中に入れないでちょうだい」
妻に言われて私はゴミ箱を持って玄関を出る。ちょうどそこで隣の家のご主人と出くわした。
「あぁ、立派な花が咲きましたね」
「見えるんですか」
「もちろん。私の花はこれですよ」
隣のご主人も綺麗な花を咲かせていた。
駅に向かうときにこの住宅街を通ると、玄関先には色とりどりの見事な花が咲き誇っていた。
『花ひらく』でした。
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