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第12章 因果応報
目付け役の天使が居ない事をこれ幸いと、それ抱擁が足りないだのやれ二人きりの時間がどうのこうのと道草を食いつつ、綾那と颯月は無事東の森を抜けた。すると、遠くに王都アイドクレースの街から漏れた光が煌々と照っているのが見えて――その時点で、ふと異変に気付く。
夜も更けた頃だと言うのに、やけに街が騒がしい気がするのだ。騒がしいと言っても、別にモンスターの大群に街が襲われててんてこ舞いとか、騎士団から姿を消した団長の行方を巡り大慌てとか、そういった類のものではない。
どちらかと言えば、慶事や祭り事のどんちゃん騒ぎに近いだろうか。何せ街の上空には、すっかりアイドクレース民に知れ渡った打ち上げ花火が上がっている。
今まで鬱蒼とした森の中に居て、花火の明滅に全く気付かなかった。「表」と違って破裂音も火薬の匂いもないので、尚更だろう。
綾那は連発して弾ける花火に目を瞬かせて、思い切り首を傾げた。
「えと……何か、初冬のお祭りがあるとか?」
「いや、この時期には何もないはずだが――まさか『四重奏』に限って、俺らの帰還を手放しで歓迎している訳もあるまいし」
それはそうだ。激怒していると言う情報こそ入手したものの、あんな派手な凱旋セレモニーについては一切聞かされていない。
隣で「何か嫌な予感がする」と呟く旦那に、綾那も胸中でひっそりと同意した。今王都で何が起きているのかは知らないが、恐らくあれは身内の仕業だろうと思ったからだ。
(だって、アイドクレース育ちの――それも、行事がある度街の警備に奔走する騎士の颯月さんが知らないお祭りって)
十中八九、陽香達が発案した催し事に違いない。そして、例えそれがどのような思惑によるものだとしても、颯月と綾那にとって良いものである可能性は限りなく低かった。
しかし、ほんの数日間ヘリオドールに滞在していただけなのに、あまりにもフットワークが軽いのではないか。彼女らだって北部ルベライト領から戻って来たばかりで、心身共に疲弊しているだろうに――。
「そう言えば……怒っているらしいと言うお話ばかりで、あの子達が具体的にどう過ごしているのかは聞いた事がありませんでしたね」
「俺には、綾を愛でる事以外に割く時間がない」
「……まあ、その。正直、私も颯月さんが悪魔化すると聞かされてからは、他の事を考えている暇がなかったですけれど……」
しかも彼が無事 (?)悪魔として再誕した後には、綾那自身の魔力制御や『氷』の管理がどうのこうのと忙しかった。ルシフェリアだって適当な情報しか与えてくれなかったし――などと、頭の中につらつらと言い訳を並べ立てながら、改めて王都を見やる。
華やかで、賑やかな都。すっかり住み慣れた安息の地のはずが、どうしてこんなにも不安な気持ちにさせられるのか。
二人は無言のままどちらからともなく手を繋ぐと、やけに重い足を動かして王都の灯りを目指した。
◆
そうして街へ近付けば、その賑わいが直に鼓膜を震わせるようになる。さすが――普段は慎ましいのに――祭りと見るや否や暴徒化する王都民だ。近所迷惑なんて完全度外視の喧騒は、よく耳を澄ますと祝いの言葉が飛び交っているようだった。
一体なんの祝い事かは分からないが、「本当にめでたい」だの「自分も幸運にあやかりたい」だのと聞こえてくる気がする。
得体の知れないお祭り騒ぎにごくりと生唾を飲み込んで、通行証を取り出す。颯月と二人並んで門の近くまで行けば、やけに喜色ばんだ門番の騎士が大きな拍手を打って歓迎してくれた。
「これは、颯月様! 副長より、特殊任務のため席を外すと伺っておりましたが……やはり居ても立ってもいられず、戻られたのですね!」
「うん? ああ、まあ……それにしても、この騒ぎは――」
一体なんだ。そう続くはずだった颯月の言葉は、騎士の「しかし、肝心の式には間に合いませんでしたか――本当に盛大で荘厳で、素晴らしかったんですよ。騎士として任務が第一とは言え、こればかりは……お気持ち、お察しします」なんて言う謎の慰めに途切れた。
式とは。お気持ちお察ししますとは。今彼は一体、何を憐れまれているのだろうか。
訳の分からぬ状況に不快感を催したのか眉を顰める颯月に代わり、綾那が「あの」と声を上げる。すると門番の騎士は破顔して、「この度は、誠におめでとうございます」と、益々訳の分からない祝詞を紡いだ。
式という単語から連想するものと言えば、やはり結婚――もしくは何かしらの受賞、表彰式だろう。しかし綾那と颯月が入籍したのはもう数週間前の事で、結婚式は時期を見てから挙げるつもりだ。他にめでたい事があっただろうか。まさか悪魔化した事を祝われているはずもないし。
(うーん……これはもう、正直に何も分からないんですって伝えた方が早そう)
分からない事は変に知ったかぶりするよりも、早々に教えを請うた方が良い。そうでなければ、このモヤモヤは晴れないだろう。そう思い至って口を開きかけたが、大変ありがたい事にニコニコ顔の騎士の発した次の言葉に答えがあった。
「王太子殿下とご婚姻なされたのは、確かお身内の方ですよね」
「……………………はぇ?」
「なんだと? 婚姻? 維月が? 綾の身内と――?」
「えっ、まさか颯月様、ご存じなかったのですか……? 義弟の殿下と、あれほど仲がよろしいのに……!?」
喜色満面だった騎士は、途端に顔面蒼白になった。しかし彼以上に顔色が悪くなったのは、言わずもがな颯月と綾那である。
本当に訳が分からない。話を聞いても状況が理解できない――できないなりに分かるのは、ただ『四重奏』に何かしてやられたという事だけで。
ギギギと鈍い動きで綾那を見下ろした颯月は、震える声で「綾、よく分からんが泣きそうだ」と低く呻いた。
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