第12章 ちょっとした反省

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第12章 ちょっとした反省

 つい先ほどまで饒舌だった騎士は、すっかり静かになってしまった。通行証を提示しながらその横を通り過ぎれば、王都の街並みはお祝いムード一色だ。  所狭しと建ち並ぶ民家の屋根から屋根へ、旗のような飾りが渡る。広い通路には、キラキラと輝く大量の紙吹雪が散っている。まさかお披露目パレードでも行ったのか? と思えばそのまさかのようで、酒瓶片手にそこかしこで騒ぐ領民は口々に「本当にでかい馬車だったなあ!」だの「あんなに近くで王太子()()が見られるなんて、最初で最後に違いない!」だの、感極まっている様子だ。  そうした祝賀の片鱗(へんりん)を目や耳にする度、黙って綾那の横を歩く男が意気消沈して行くのが手に取るように分かる。もちろん綾那とて、その気持ちが分からない訳ではない。  ちょっと目を離した隙に、こちらになんの連絡もなく家族が結婚していた――など、ひとつも笑えないし面白くもない。とんでもない疎外感を覚えてしまう。  綾那達のとった自分勝手な行動に――悪魔化する際に一度死ぬ必要があった事や、どうしたって今後の人生を他の皆と同じようには送れない事など――腹を立てているのは分かるが、それにしたって報復の方法がえげつない。  ストレートに叱ったところでまともに堪える訳がないと承知の上で取った苦肉の策だろうが、あまりにも辛い。 「まさか、維月と渚がそういう仲になっていたとはな――」  全く覇気のない呟きに、綾那は何も言えなかった。  あの二人が政略的な意味合いで繋がっていた事は知っていた。以前渚から堂々とした――愛のない――告白を聞かされていたし、それを受けた維月も、悪い印象を抱いていなかったからだ。  しかし、そのやりとりを知らぬ颯月からすれば正に寝耳に水だろう。いや、それらを周知していた綾那とて、これにはさすがに驚いた。 (いくらなんでも、行動と展開が速すぎる)  それこそ、(タチ)の悪いドッキリではないかと疑う程の発展具合だ。王都ぐるみのドッキリなど、あまりにも大掛かり過ぎて疑うまでもないのだが。  何度も言って悪いが、()()渚に限って情熱的な愛が燃え上がる――なんて事はあり得ない。いつかそうなる日が訪れるとしても、それはまだずっと先の事だ。そもそも彼女は心の壁が分厚すぎるので、さしもの維月でも完全に打ち解けるまで数年かかるだろう。  また、維月とて結婚に前向きだったかと言えばそうでもない。王として即位するための条件に悩んでいたものの、渚のなんちゃってプロポーズに即答するほど浅慮ではなかった。王太子という立場上、一度でも彼女をその座に据えてしまえば、そう簡単には逃がす事ができないからだろう。 (それをいきなり、これと言った前触れもなく婚姻? しかも領民にお披露目パレードって……自ら退路を封じてるじゃない)  考えるまでもない。これは綾那と颯月に――いや、主に颯月に対する嫌がらせである。声を大にして断言できる。  あれだけ可愛がっていた義弟が、自分の知らぬ間に結婚していたなんて。断り一つなく婚姻を結び、義兄を蚊帳の外に置いて盛大なゲリラ結婚式を挙げたなんて。唯一無二の血族として特別視していた義弟から受けた裏切り。とんでもなく蔑ろにされて、下手をすれば嫌われているとも取れるような行動。その衝撃と受けた精神的ダメージは如何ほどか。 「――ダメだ、また何か込み上げて来た、辛い」  じわじわと精神を蝕まれているのか、颯月は度々思い出したように声を震わせた。そうして彼が足を止めて震える度、綾那が強引に胸元へ飛び込む。強制的に綾那閉じ込めの図を作り彼の願いを叶えてやれば、悪魔のもつ習性によって得られる快楽で痛みを中和できるからだ。  しかし、短いスパンで痛みと快楽のミルフィーユを味わう事で、思考がよりズタズタになっているような気がしなくもない。陶酔した様子で綾那の体をきつく抱きしめて、「俺には綾が居れば――お前さえ居れば良いんだ、だから何も問題ない」と呪文のように繰り返す彼の姿は、ほとんどヤンデレのそれであった。  そのダメさ加減に胸が熱くなるのは確かだが、しかし綾那もそれなりに大きなダメージを受けている。 (私だけ仲間外れにされた)  渚が、家族が結婚したなんて。独身ばかりの四重奏――血族とはとんと縁がなかったし、身内が結婚するなんて初めての経験で一大イベントだ。  それに何より、四重奏は生粋のスタチューバーである。盛大で荘厳な挙式とやらを企画、実行するのは、どれほど楽しくて大変な事だったろうか。それらの様子を、企画の段階から終始撮影していたに違いない。たった数日でやり遂げるしかなかった凶行とも呼べる強行は、どんなに面白かっただろうか。  途中どんなハプニングが起きたのか。口うるさいと噂の王族に横槍を入れられたり、とんでもない玉の輿に乗る渚を巡る嫉妬で、トラブルが起きたりしたのだろうか。  紆余曲折を経て到達した挙式は、さぞかし感動的であったであろう。お涙頂戴からの、笑顔溢れるお披露目パレードでどんちゃん騒ぎ。その熱はいまだ冷めやらず、王都を祝いの渦に巻き込んだまま。  しかしその場に、綾那は居なかった。綾那だけが何も知らない。家族の慶事を何一つとして共有できなかったのだ。  綾那の視界はじわりと滲んだが、しかしギリギリで耐えた。彼女らが受けた衝撃は、つまるところこういった類のものなのだ。  なんの相談もなしに命を捨てて、新たな体を得て。颯月の事ばかり考えて、家族を捨て自分勝手に行動した。その愚かさを、彼女らが抱いた憤りを知らしめるための嫌がらせだ。甘んじて受けるしかない。 (それに――後で動画を見せてもらえば、想い出を共有できるもん)  綾那はスンと鼻を鳴らして、颯月から身を離した。動画さえあれば――なんて、反省しているんだかしていないんだか自分でもよく分からないが、ここでクヨクヨしていたって始まらない。目指すは騎士団本部、そして渦中の王大子夫妻が居るはずの王宮である。
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