第12章 回想1(※綾那視点ではありません)

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第12章 回想1(※綾那視点ではありません)

 まんまとルシフェリアの口車に乗せられた一行は、まず当初の予定通りに王都アイドクレースまで「転移」した。そうして帰還するなり、休息をとる暇もなく作戦会議を始める。何せ時間がないのだ。  ルシフェリアの予知によると、綾那と颯月はほんの数日で王都へ戻って来るらしい。彼らが戻って来るよりも前に行動して、()()()を済ませなければ。 「――それで、何をどうすればあの男に一泡吹かせられるんですか?」  渚は会議の開口一番、ルシフェリアにそう問いかけた。会議場所は、防音も体裁も何も考えずに騎士団本部の裏庭だ。  原則として関係者以外立ち入り禁止なので、まだ正式に雇用されていない渚やアリスは中へ入れないため仕方がない。一刻を争う事態だという点も皆の背中を押した。 『とっても簡単な事だよ。それに、君の実益も兼ねているし――』 「ちょっと、今は時間がないんでしょう? 余計な言葉はナシ、煙に巻かずに端的な言葉で分かりやすくお願いします」  やや早口で捲し立てる渚を見て、宙に浮く光球は「そう言うと思ったよ」なんて愉快そうに笑った。それから「うーん」と小さく唸ると、いつもと比べれば格段に簡潔で丁寧な説明を始める。 『君、遅かれ早かれ颯月の義弟くんと婚約するつもりだったよね? 颯月を懲らしめたいなら、婚約の時期を早めれば良いだけだよ。自分に何の知らせもないまま婚約式を執り行われたと知れば、義弟くん大好きの颯月は絶望する事間違いなしさ。現状、彼にとって純粋な()()と呼べるのは義弟くんだけだし』 「……たったそれだけの事で?」 「えっ、いや、「それだけ」って言うか……渚アンタ、そんな恐ろしい計画を立てていたの? 相手の年齢と立場、ちゃんと分かってる……?」 「颯様の義弟って、王太子だよな……まさかナギ、王太子妃狙いって事かよ? むしろ王妃になるところまで見越してるとか?」  渚の企てる計画など全くあずかり知らない陽香とアリスは、揃って瞠目した。無謀とも言える野望が露見した事で、やや引いているように見えるのは勘違いではないだろう。  そうして二人に妙な誤解を生んでしまったと思ったのか、渚はジト目を眇めながら弁解した。 「あくまでも()の婚約相手として、殿下が最適だと思っただけ。私まだ婚約者居ないし、絶賛法律違反中なの分かってる? そもそもこの国って王族しか法律に携われないし、私達もこれから一生リベリアスで暮らすなら法整備が必要でしょう――じゃあ、婚約者で居られるうちに陰で殿下を操りながら、法律を変えまくるしかないよね」 「お前……そんな身も蓋もない弁明を聞かされて、こっちはかえって不安になってんの分かってる?」 「まだ中学生ぐらいの男の子捕まえて、思う存分利用してやる宣言でしょう? 余計に引くわよね……それならいっそ純粋なショタコンだった方が安心できたのに」 「……()せない」  渚は、ふくれっ面で「この国で動画配信していくなら、その辺りの法整備も欠かせないと思っての事なのに」とぼやいた。家族を想っている事は分かるものの、その手段が酷く汚れているのが辛い所である。 「そんなに心配しなくても、時期を見て婚約解消してもらうつもりだし……相手が王太子だから簡単に解消できないって言うなら、その時はいっそお飾りの側妃にしてもらえば済むでしょう? 私は単なる法律アドバイザーになれば良いし――正妃には、殿下が将来これと決めた人を選んでもらってさ」 「王太子だけでなく、ナギの人生にも関わる問題な気がするんだけどな。まあ、お前が構わねえって言うならそれで良いけど……どうせ、アーニャと義家族になれるってトコまで織り込み済みなんだろうし?」 「よく分かってるじゃん、さすが陽香」  満足げに笑いながら一人頷く渚を見て、陽香は一瞬辟易とした表情を見せた。しかしすぐさま気を取り直したように咳払いすると、「でもよ」と小首を傾げる。 「本当に二人が婚約するだけで、あのバカ夫婦にダメージ与えられんのか?」 『だって、君達が驚くぐらいだよ? 颯月にとったら義弟くんの婚約話なんて寝耳に水だし、まさかその相手が目の上の瘤みたいな聖女様じゃあ……ねえ? 慶事の爪弾き者にされるだけでも痛いのに相手が()()じゃあ、傷口に粗塩を塗りたくられるようなモノじゃあないか』 「……言っている事は的を射ているんですけど、なんだか腑に落ちない喩えなんですよね」  渚とて、自身が颯月から扱いにくい相手だと思われている事はよく分かっている。むしろ、それくらい苦手に思ってもらわなければ腹が立つくらいの相手だ。  しかし、だからと言って、まるで渚だけが悪しきもののように表されるのは如何なものか。  渚はひとしきり思案に耽った後、ふと顔を上げた。 「正直、殿下に婚約を迫るのも吝かではありません。ですが私、既に一度返事を保留にされているんですよね……彼の主張が理解できない訳でもありませんし、無理強いするのはどうかと。まあ、どうせあなたは全てお見通しなんでしょうけど」 『もちろんお見通しさ。でもね、これは全て視えているからこその提案だ。義弟くんだって今は渋っていても、義兄の自分勝手な行動を知ればすぐさま君と協力関係を結びたくなるよ。そこに愛がなくたって、共通の目的さえあれば人は手を取り合える――でしょう?』 「それは、そうかも知れませんけど。でもそっか……殿下もあの二人の話を聞けば、私達と似たような想いを抱くんだ」  考えてみれば当然の事だ。維月とて、愛する家族から蔑ろにされた被害者――言わば『三重奏(トリオ)』の同志である。こちらに説明一つなく悪魔化を決めた義兄の話を聞けば、いくらブラコンでも「灸を据えてやろう」くらいの気持ちを抱くはずだ。 「じゃあ、まずは殿下に事情を説明して協力を取り付けないと始まらない、か……」 「いや、でもさ、ナギ……颯様も居ねえのに、あたしらだけでどうやって王太子と会うんだよ。王族の幸成(ユッキー)に言えばアポくらい取り付けてもらえるかも知んねえけど、あれで結構真面目っつーか……規則通りに動くタイプじゃん。情だけでどうにか出来るとは思えねえな」 「あー……。実は最近、週に一、二回殿下と勉強会してるんだけど……ついこの間会ったばかりだし、今すぐ約束を取り付けるって言うのは難しいね、確かに」  真剣な表情で悩み始めた渚に、アリスが「ちゃっかり定期的に会う仲だったのね、既に……」と呟いた。維月と渚が親交を深め始めたのは、陽香とアリスがルベライトへ旅立った後の事だ。空白の時間に起きた事について、色々と驚くのも仕方がない。  ――しかし、これは少しばかり困った事になった。  やるべき事は分かっているのに、上手い方法が見つからない。相手はこの国で唯一の特権階級である王族、その中でも次期国王が確定している王太子だ。  今までは颯月のコネさえあれば王族へ掛けあう事も容易かったが、身分の確かな騎士ではない、そもそも国民ですらない三重奏だけでは厳しい。  いくらこの国の婚約制度がお遊びめいたものだとしても、さすがに王族相手ではとんとん拍子に進まないだろう。もしかすると手続きが煩雑かも知れないし、周囲から反対されるかも知れないし――異大陸出身で素性の知れない渚が相手では、尚更だ。  だからこそ今すぐにでも行動に移したいのだが、夜と言う時間帯も相まって二の足を踏む。  渚が「余計な言葉はナシ」と言ったせいか、それとも悩む一行を見てほくそ笑んでいるのか。ルシフェリアは一切の無駄口を叩かず、宙に浮いているだけだ。不幸中の幸いは、光球姿だから例えニヤついていたとしても表情が分からない点か。  恐らく、「時間がないのだから勿体ぶらずに道を示せ」と言えば、今回ばかりは何から何まで助言してくれるだろう。しかし、それはそれで引っ掛かるものがあって、三重奏は黙って頭を悩ませる。  何せ、この天使を一つも疑う事なく従順に行動し続けた考えなしの綾那がどうなったかと言えば、やや歪んだ愛情を抑え切れなかった夫の道連れとなって、悪魔化する末路を迎えたのだから。  いくら抵抗したところでルシフェリアの綴るシナリオは変わらないだろうが、思考放棄して全てを神任せにする事だけは避けたい。それが三重奏共通の想いである。  やがて「あ」と声を挙げたのは、意外な事にブレーンの渚ではなくアリスだった。 「正攻法――幸成くんに直接掛けあってもダメなら、彼の()()を突いてみるのはどうかしら? たぶん、後で結構怒られると思うけど」 「……お! もかぴだな!?」  彼女の言わんとしている事を即座に理解したのか、陽香は猫目をキラリと煌めかせる。その横では、渚が「何、その気の抜ける名前……?」と首を傾げていた。
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