第12章 回想3(※綾那視点ではありません)

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第12章 回想3(※綾那視点ではありません)

「――とにかく、王太子殿下に面会できれば良いんですよね? 桃にお任せください!」  一行は、無事桃華の協力を取り付けることに成功した。  もちろん、利用できるものはなんでも使うと強く決意した渚が態度を軟化させた影響が一番大きい。今にも暴れ出しそうなほど荒れ狂う心情を巧妙に隠し、柔らかい笑顔で「桃さん、私ともお友達になってくれませんか?」と告げた事が利いたのだろう。  ただそれだけの事で桃華は、『チョロイン』の通り名に恥じぬ反応を見せたのであった。 「無理は承知の上ですが、できれば今日中に。どうか友人の頼みと思って――いえ、綾と仲睦まじいあなたなら、最早私の()()と言っても過言ではありませんよね?」 「しっ、ししし親友……ッ!? 親友ってあの、親しい友と書いて親友ですか……!?」 「……私は心の友でも吝かではありませんけれど」 「いやぁああ! そんな!? お姉さまともお友達止まりなのに、本当に良いのでしょうか……! そもそも親友の概念とは――友人から遷移(せんい)する過程とは……ッ!? うう、よく分かりませんが嬉しいです……!」  桃華は零れる笑みを抑えきれなかったのか、緩み切った両頬を手で押さえながらソファに沈み込んだ。その華奢な肩は喜びに打ち震えていて、頬どころか耳まで真っ赤になっている。  アリスはそんな彼女へ同情の視線を送って、陽香は表面上笑いながらも小声で「おいナギ、さすがに(バチ)が当たるぞ」と渚を諫めた。  今は何よりも桃華の協力を取り付ける事が重要だが、世の中にはやって良い事と悪い事があるのだ。一つも心の籠っていない偽りの言葉で、幼気な少女を思い通りに動かそうなど――それはまるで、過去桃華を利用して颯月に近付こうと目論んだらしい女性らと同じ思考回路ではないか。 「陽香の助言通りに行動してるのに、どうして非難めいた目を向けられるのかまるで分らないんだけど」 「いや……確かに、もかぴとダチになればイケるって言ったのはあたしだけどさぁ……」  陽香はただ、綾那以外に目を向けようとしない渚に社交性のようなものを身に着けて欲しかっただけだ。利用するようなやり方ではなく、これを機に桃華と純粋な友人関係を築ければ――そんな事を考えて助言しただけ。  それなのに、こうして渚の言葉にブルンブルン振り回される桃華を見せられては、さすがの陽香も罪悪感が沸いてしまう。  もし自分がいいように利用されている事に気付いたら、また女性恐怖症にならないだろうか。しかも彼女を手酷く利用した事を幸成に知られれば、王族に対する不敬罪だかなんだかが適用されそうで恐ろしくもある。 「――コホン。ごめんなさい、取り乱しました……早速近衛の方に伝言を頼んでみようと思います。幸成は今ルベライトから戻ったばかりで騎士団を離れられないんですよね? であれば、殿下に直接コンタクトを取った方が早いかと」 「えっ、もかぴってユッキー通さなくても直接王太子と話せんの?」 「いえ、公式的にはまだ王族に連なる者でもなんでもないので、それはさすがに――でも近衛騎士の方なら、王宮の出入りも比較的容易いですから。私の場合、配達の仕事でもなければ入れません」 「ははあ、なるほど……そうか、あたしがもっと早くに近衛の知り合い作ってれば話も早かったんだな。まあ、今回はもかぴに任せるよ。悪いけど頼めるかな?」 「はい、もかぴにお任せください!」  得意げに笑いながらドンと胸を叩く桃華に、陽香は曖昧な笑みを返したのであった。  ◆  ややあってから桃華に呼ばれてやって来た騎士は、彼女の護衛を務める近衛の一人だった。事のあらましは既に桃華が説明済みらしく、彼は陽香らと顔を合わせるなり「急ぎ参りましょうか」と王宮までの案内を買って出た。 「桃さん、今日のお礼はまた後日返しに参りますから」 「そんな! 渚さんは私の……私のし、しんゆ――とにかく! お気になさらないでください。本日中に殿下とお会いできる事をお祈りしています」  一行は、はにかんだ笑顔を浮かべる桃華に見送られながら店を出た。そうして近衛騎士が先導するまま、騎士団本部へ踵を返す。目指すはその更に奥地へある王宮の入口だ。 「急な頼みで悪いなあ、近衛の兄さん。王太子と面会するなら何時まで――とか、決まりあんの? ああ見えてまだ十三じゃん、睡眠時間まで管理されてそうっつーか」  ほぼ初対面の陽香からフレンドリーに話しかけられた近衛騎士は、数度目を瞬かせた後困ったように笑った。 「ご安心を――と言っていいものか悩みますが、殿下は公務のため就寝時間が押しがちなんですよ。ただし、王宮は安全の観点から二十三時を過ぎると関係者以外の立ち入りを禁止されます。やむを得ない事情があれば話は別ですが……今回は謁見申請も急ですから。私が皆様のお力になれなかった時は申し訳ありません」 「………………そんな、良いんですよ」 「一つも『良い』と思ってない人の()なのよねえ……」  相変わらず乾き切った笑顔で心にもない言葉を吐く渚に、アリスが思わずと言った様子でツッコミを入れた。しかし渚は「本当に良いの、王宮にさえ入れれば」と妙に不穏な事を言って、一度パチンと指を鳴らす。  それは、まるで颯月が「共感覚」をスイッチする時のような動きで――というか実際、そうなのだろう。恐らくは、自身と共感覚で繋がる聖獣白虎を呼びつける目的で指を鳴らしたのだ。 「……ナギ、なんでトラちゃん呼んだ?」 「なんでって――用があるから。用がなけりゃ呼ばないでしょ、あんなヤツ」 「その()を聞いてるんだけどな……」 「何? 悪い事には使わないってば」  今にも舌打ちしそうなしかめっ面で吐き捨てる渚に、陽香とアリスは無言のまま顔を見合わせた。まさか、自然災害レベルの魔法も自由自在に操れる白虎に命じて暴力的な手段に訴えるはずはないと思いたいが、何分この渚は頭が良すぎてネジがぶっ飛んでいる。その考えは誰にも読めないのだ。特に綾那が絡むとその傾向は顕著で、彼女の火を消せるのもまた綾那なのだが――残念ながら、今ここには居ない。  虫の居所が悪い渚をこれ以上刺激しないためか、一行は口を閉ざしたまま足だけを動かした。そうして騎士団本部へ戻る道すがら、無事――まるで颯月の悪感情に振り回される竜禅のように――青い顔をした白虎と合流。これまた竜禅のように「一旦共感覚を切って下さい」と懇願する白虎を見れば、今渚の心情がどれほど荒れているのかがよく分る。 「ええと……それでは、行って参ります。皆様はこちらでお待ちください」  重苦しい空気が漂い、白虎の沈鬱な嘆き声ばかりが上がる中、一行はついに王宮の入り口まで辿り着いた。気まずげな表情で一人王宮入りしようとする近衛騎士に、陽香もまたなんとも言えない表情で頷いて見せる。 「あー、なんつーか……ダメならダメでこの方法は諦めるから、あんま気負わないようにな! ナギはナギで別案考えてるみたいだし」 「お気遣いありがとうございます」  あまりにも急な謁見申請もといアポ取りは近衛に任せて、残された面々は入り口で結果を待つしかできなかった。
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