第1章 悪魔と眷属と

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第1章 悪魔と眷属と

 「表」には魔獣が居る。しかし、悪魔なんてものは存在しなかった。そもそも、ギフトを配る神様についても、その存在は眉唾物だったのだ。 (やっぱり悪魔って人間型で、背中には蝙蝠の翼みたいなのが生えていて、こう――いかにも、ビジュアル系っぽい感じの()で立ちなのかな? 撮影許可が下りるなら、ぜひ撮ってみたい!)  ――完全に余談だが、綾那はビジュアル系が大好きなのだ。  常々「宇宙一格好いい」と思っている男も、ビジュアル系バンドのギタリストである。思考が別方向にズレてしまったが、綾那は視線だけはキューから逸らさずに、続きを促した。 『悪魔は、動物とか植物とか、なんでも『眷属(けんぞく)』に変える事ができるんだよ。それを際限なく作り出して――ホンットあいつらと来たら、頭にくる!』 「眷属?」 『あ、えーと、そうだなあ、「表」の魔獣みたいなものかな。でも魔獣と違って、理性がある分タチが悪い。眷属はね、自意識がしっかり残っているんだよ。しかも元はただの獣だとしても、高い知性をもつようになる』 「なるほど……それで、眷属が増える事と普通じゃない人間が増える事が、どう関係するんですか?」 『うん、そこが本題なんだよね!』  キューは頷くように、一際(ひときわ)大きく上下に揺れた。 『眷属は人間を気まぐれに呪う。呪われてしまった人間は『悪魔憑(あくまつ)き』と呼ばれて、本人の意思に関係なく、無限に近い魔力容量の持ち主になってしまうんだ。つまりただ生きているだけで、大気中から際限なくマナを吸収し続ける。使う必要も、アテもない膨大な量のマナを溜め込んでしまうのさ』 「それは、なんというか……つまりその悪魔憑きさんは、マナを体内に貯蓄してばかりで大気に還元しないと? 財政危機というのか、過剰貯蓄による経済の停滞というのか――」 『うん、まあそういう事なんだけど、神聖なマナをお金に例えないでよお。それじゃあ僕のお願いが、停滞した経済を回してくれになっちゃう。君は商人じゃあないんだからさ』  どこか呆れた様子のキューに、綾那は苦笑いを浮かべて謝った。 『でも、彼らも好きでマナを溜め込んでいる訳じゃあない。そもそも悪魔憑きになったのだって、眷属の気まぐれのせいで――被害者だ。それで、僕の力を取り戻す方法についてなんだけど、とりあえず今は、少しでも多くのマナを確保したい。話した通りここは海の底に作った世界だ、上を見てごらん』  キューに促されて、綾那は頭上に広がる真っ暗な夜空――のような、奈落を見上げた。やはり、星一つない漆黒の闇で塗り潰されている。 『この世界は、今君の体を包んでいる膜と同じものでドーム状に囲われている。夜空のように見えるかも知れないけれど、あれは全部奈落――海だ。宙に浮かぶ光源は月や太陽みたいなもので、昼間は光が強まって夜間は弱まる仕組み。ほとんど僕の力とマナを掛け合わせて維持しているんだけど……大気中のマナは、日に日に減り続けている。正直このままじゃあ、世界の存続も危うい』  深いため息を吐きながら、キューは更に続けた。 『生き物が暮らしていくためには、空気が必要だ。それに光も、休息するには闇だって必要だ。そもそも、箱庭の膜を維持できなくなれば、この世界は海に沈んでしまう。でも、だからと言って、罪のない悪魔憑き達を減らそうとは思えないでしょう? そういう訳で、これ以上悪魔憑きを増やさないように――君には()()を減らしてほしいんだよ』  綾那はなるほど、と頷きかけたが、しかし、またしてもキューの言葉に引っかかりを覚える。  眷属の前に、まず諸悪の根源の悪魔をなとかするべきではないのか。  大元の悪魔が消えれば、眷属は増えない。逆に言えば、綾那がいくら眷属を減らしたところで、悪魔が次から次へと新しい眷属を作り出した場合――終わりのない(いたち)ごっこが続くだけだろう。  疑問がそのまま顔に出ていたのか、キューがクスクスと笑った。 『そりゃあ、ね。できる事なら悪魔を消すのが一番さ。でも、眷属と違って悪魔は魔法――それも、かなり強力なものでなくちゃ倒せないんだよ。「表」の人間である君には、できない事だ』 「え! 私、魔法使えないんですか!? せっかく魔法が蔓延(はびこ)る世界に来たのに!?」 『そりゃあ、君は「表」の人間だし――マナを溜める体内器官だって備わってないし。ていうか、どうして魔法を使える気になっていたの?』 「ええ……だって、普通そういうものじゃあないですか? ゲームや漫画だとこう、異世界の人間がチート能力を発現してですね」 『はは、面白い事を言うね。ここはゲームや漫画の世界じゃあないよ、君が生まれたのと同じ地球だ。少し場所が違うだけで――それに君には、魔法が使えずともギフトがあるじゃあないか。あまり欲張ると身を滅ぼすよ?』  おかしそうに笑うキューを尻目に、綾那はしゅんと肩を落とした。  せっかく魔法の世界に来たのに、どうやら自分は魔法を使えないらしい。キューの説明を聞けば、なるほど確かに、魔法の器官がないなら使えない訳だと納得はしたが――しかしそれはそれとして、ファンタジーな体験をしてみたかった。  はあ、と息を吐き出して目線を落としたところ、いつの間にか随分と地面が近くなっている。もう森の木々がすぐそこだ。 『そろそろ下だね。どうかな? 君のお仲間を探すため、僕に力を貸してくれる? 僕の力がある程度戻れば、君達を「表」へ帰してあげる事だってできるよ』  目の前を陽気に飛び回る蛍火に、綾那は思案する。  彼――だか彼女だか謎だが、とにかく、キューが綾那の命の恩人である事には違いない。話を聞く限り、深刻な問題を抱えているようだし、手助けをすれば散り散りになったメンバー全員を探し出せるらしい。できる事ならば、希望通り眷属を減らす事に尽力したい。 (ただ、知能が高いってだけでも、眷属は魔獣より厄介だよね……それを見知らぬ土地で、総数すら分からないところを私一人で処理するとなると――)  正直、安請け合いはできない。  そもそもキューは、悪魔が次から次へと眷属を作り出すから、困っていると言っていた。察するに、その総数は綾那一人で対処できる数を超えているのだ。  行方不明の大悪魔を除けば、眷属を作り出している大本の悪魔は二人。綾那が孤軍奮闘したところで、結局は鼬ごっこに終わるだろう。 「ところでキューさん、素朴な疑問なのですが――どうして、いかにも強そうな悪魔憑きの方には手助けを頼まないのですか? 魔法の使えない私より、よほど心強いように思えますけど」  キューの話では、悪魔憑きは膨大な魔力を持っているらしい。であれば、悪魔を討ち滅ばす事だって可能ではないのだろうか。  しかしキューは、綾那の疑問にぶんぶんと左右に揺れて答える。 『それが、ダメなんだ。今この世界に、僕の姿が見える人間は居ない。力が弱まり過ぎて、姿が見えないどころか声すら届かない。まあ、君が代わりに通訳するという手がない訳ではないけれど――いきなり現れた素性の知れない人間が、「天使がこう言っている!」なんて主張したところで、信じてもらえるかは微妙だね。見ていて面白そうではあるけどさ』 「それは……なるほど、確かに。下手をすれば、とんでもない詐欺師として裁かれそうな勢いですね」  こちらの住人がどういった性格で、どんな考え方をするのかは分からない。しかし、例えば「表」で見た目普通の人間が、唐突に「神の声が聞こえる、力を合わせて悪魔を滅ぼせ!」なんて言い出した場合、それを手放しで信じる者は少数派だろう。  現状メンバーと合流する(すべ)はなくて、誰かに手助けを乞う事もできない。つまり、どうあっても綾那一人で眷属の対処に当たるしかないのだ。これが終わりのない仕事であるという事は、火を見るよりも明らかだと言うのに――。  綾那は再び思案顔になる。それから小さく頷くと、ただでさえ垂れた目尻を更に下げた。そしてキューに向き直ると、きっぱりとした口調で言い放つ。 「分かりました――では、()()でお願いします!」 『よし! そうと決まれば、まず手始めに君が持っている核をいくつか分けて欲し――アレ? うん……? 君今、なんて言った??』  つい先ほど元気よく飛び回っていたキューが、ぴたりと動きを止めた。 「あ、はい。保留でお願いします」 『うん!? なっ、なんで!?!?』  キューの悲鳴のような嘆きが森に木霊(こだま)したのと、綾那の足が地面に着いたのは、ほぼ同時の事だった。
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