世界が終わる、その朝に

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世界が終わる、その朝に

 旅行に行こうと彼から提案されたのは、世界が滅亡すると予告されていた当日の朝だった。いつも通りの柔らかい笑顔で言ってくるものだから、私も思わずいつも通りの軽い「おっけー」を返してしまう。  もしかしたらそんな場合ではないのかも知れないなんて、頭の片隅どころではなくいっぱいを占めそうなくらいにわかりきっていたけど、それでも彼の穏やかな笑顔には、そんな現実を忘れさせてくれるような効果があった。そんなところにいつも慰められて、そんなところが好きになったんだっけな……なんて改めて思い返して、つい顔が熱くなる。 「? どうかしたの?」 「なんでもない。で、どこ行きたいの?」  いつも暢気(のんき)でほわほわしてるくせに、こういうときだけめざといんだ――そういうところもいつも通りで、なんとなく顔が緩んでしまう。  荷造りなんて大袈裟なものは、きっと必要ない。だってきっと、今日の終わりには世界なんていうものは消えてなくなっているに違いないから。 「んー、別に決まってないなぁ。(あや)はどこか行きたいところない?」 「そんな急に振られても……あっ、それじゃ海でも見に行く? 今日天気いいし、ずっと遠くまで見えて気持ちいいかもよ」 「いいね、そこにしよっか!」  最後の瞬間を、ふたりで。  なんとなく実感の湧かない緩やかな終わりを目の前にした私たちの旅立ちは、あまりにもいつも通りだった。
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