おっきいひかるとちっちゃいひかる 1

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おっきいひかるとちっちゃいひかる 1

「・・・足腰立たないくらい抱き潰せばバイト続けられないよな・・・、ヨシ・・・・・・」 9月最後の土曜の夕方、俺、瀬能耀はひとり寂しく祖父母の家の敷地内にある空手道場で汗を流しています。―――――不穏な独り言を呟きながら。 長く辛い片思いを経て恋人同士になった愛しの真人さんは、椚開発という大企業から内定を貰い、気持ちに余裕が生まれたのだろう、ひと月ほど前から近所のカラオケ屋でバイトをし始めた為、日付が変わってからじゃないと帰ってこない。 「――――大体、せっかく俺も大会やら強化やらから解放されて、一緒にいる時間たっぷりできたっていうのに、ゆっくりまったりできるベストタイムにどうしてわざわざバイトしなきゃなんねぇんだよ・・・。ぁあああっ!もうすっげぇぇえっつまんねぇッ!」 ・・・って、道場でこんな叫んでみたって、静かな中に自分のダミ声が響くばかりで虚しすぎる。 ハァ・・・、と盛大に溜息を吐いて、もう少し気持ちを落ち着けたら家に帰ろう。そう思って顔を上げた時、ふいに人の気配を感じその方向に視線を向けた俺は、次の瞬間・・・ 「――――ッ!ざ、ざしきわらしぃぃぃいいいいっ?」 入り口の前に、道場生の中では見たことのない、随分小さい男の子がちょこんと座ってこちらを見ていたから、何よりも霊的なものに弱い俺は、情けなく裏返った声を上げ、その場でとすんと腰を抜かしてしまったのだ。・・・・・・・・・うわ、俺ダセェ。 でも、そんな俺をぽけ~とした表情で見ていたその座敷童子的な男の子は、小さな声で、「もう踊りしないの?」と、ふつーに言葉をかけてきた。 ・・・つーか、踊りって何だ? まぁ、雰囲気的にさっきまで没頭していた形のことを指して”踊り”と言ったんだろうけど、何かフクザツな心境だ。段まで取って、全国制覇までしている俺の形を踊りって・・・。(凹) 「―――――おいちびっ子。先に言っておくけどさっきのは踊りじゃねぇぞ。空手の『形』だ」 「・・・ちびっこって、もしかしてぼくのこと?」 「お前以外に誰がいるんだよ。――――――なぁ・・お前、オバケとかじゃねぇよな・・・?」 ・・・いや、わかってる。何も言って下さるな。俺だって自分がとんでもなくかっこ悪い事を口にした自覚はちゃんとある。あるけどでも・・・一応確認っていうか何ていうか・・・、などと心の中でだけ誰にともなく言い訳をしていた俺の耳に、”これは厄介なことになる前兆では・・”という、不穏な音が聞こえてきた。 「・・・ぅ・・・、ば、け・・ゃらぁ、ッ・・・!」 座敷童子がぐずり出し、立ち上がって一目散に俺の方へと突っ込んでくる。 「・・・あ、ナマ身だ」 丁度立ち上がった俺の左足にぽふんと小さな衝撃が当たり、ぴくぴく肩を揺らしながら泣くのを我慢したような息遣いが道着越しに伝わって、同時に”ちゃんと人間だった”なんてホッとしたのは絶対誰にも言えない。 「――――――ック・・っバケ、いる?ぼくたべられ、る?」 人間の子供相手なら割と慣れてる。道場に通って来るチビ共を殆ど毎日構い倒しているから。 俺の恐怖心は綺麗さっぱりなくなって、とにかくこの今にも喚きだしそうなこどもをどうにかせねばと言う気持ちに切り替わる。 「あー・・悪ぃ。オバケなんて出ねぇよ。大丈夫だから泣くなよ?・・・あ、そうだ。お前、名前は?」 「・・ぼく?やぐちひかるです」 「へ・・?ひかるッ?マジで?」 「まじ・・で?まじってなに?」 「は?・・・あ、えっと・・・本当かって意味。・・・じゃなくてっ!俺も耀って名前。同じだな!」 俺がわたわたしながら適当な説明をして自分の名前を教えると、その子供・・”やぐちひかる”は、子供らしい、屈託のない可愛い笑顔を浮かべた。 「あのねっ、あのねぇっ!れいちゃんが、いってたよ。ひかるってなまえは、つよいおとこのこのなまえなんだって。おにーちゃんも、つよい?」 「・・・れい、ちゃん?・・って、ひかる、お前、ここに誰と来た?」 この子どもの口から飛び出した、思いがけない名前は、果たして俺の知っているあの人の名前なのか。 だとしたら、一体どんな関係があるのか。 怜兄ちゃんの親戚?―――――いや、もう関係ないって言ってた。 友達の子ども?―――――それもなさそうだな。あの人たち、女より車が大事って人たちだし・・・。 ・・・だとしたら、残る可能性は? まさか・・・まさかの。―――――――怜兄ちゃんの、隠し子・・・とか?
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