かけがえのない存在に

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かけがえのない存在に

霞さんの暴走は止まらなかった。 抱きしめたか、だの、キスした時の気分はどうだった、だの・・・とにかく、答え辛い事を次から次に聞いてきて、終いにはくったりと椚さんに抱きついて、こっちが赤面しちゃうくらい色っぽい顔を見せるから・・・、・・・・・・・・・腰に・・・かなり・・・キた。 「あ、あのおれもうへやにもどりますっ、つ、つかれたし、おおおおおやすみなしゃいっ」 どもって噛んで、棒読みみたいな挨拶だったけど、俺はこのまま普通にしてる自信なんてなかったから、ふたりの顔をまともに見る事もせず逃げ出すように部屋を出た。 椚さんが呼び止めてくれた気がしたけど、進めた足を止める事は出来なかった。 「―――――何だ、あのフェロモンは・・・。兵器だろ、あれ・・・」 極めて質素な部屋の飾り気も何もないシングルベッドにダイブするように潜り込み、悶々と湧きそうになる煩悩を必死で抑え込んでいた。 そうだ。萎えるような事を考えよう。 例えば・・・父さんの下らないオヤジギャグとか、怜兄ちゃんの伸びきったパンツとか、じいちゃんの寝っ屁とか、ばあちゃんのいびきとか・・・ ―――あぁ、体は何て素直なんだろう、日常を思い出し始めたら途端に鎮まってきた。 これで風呂入って温めのシャワーでも浴びればきっと落ち着くだろうな、なんて考えながらもそもそと起き上がった時。 「―――――耀くん、まだ起きてるか?」 ノックの音と共に、扉の向こうから椚さんの心配そうな声が聞こえた。 「―――――大丈夫です。・・・あ、どうぞ」 部屋のドアを開けると椚さんが缶コーヒーをふたつ手に持って、苦笑いしながら立っていた。 俺はとりあえず彼を部屋の中に招き入れ、一つしかない椅子を椚さんに勧め、自分はベッドに腰掛けた。 「さっきは驚かせてしまって悪かったね。いつもはもう少しセーブできるんだけど、ふたりの気持ちが通じ合ったことが余程嬉しかったんだろう。酒の回りが普段より早かったみたいだ。――――あ、そうだ。コーヒー飲まない?」 「いただきます。―――――正直に言ってもいいですか・・・?」 「・・・ん?なんだろう。どうぞ?」 「・・・・・・あの表情は・・・かなりヤバかったです・・・恥ずかしくて直視できませんでした」 「あぁ・・・ははっ、君のお父さんもそんな事言ってたなぁ。・・・まぁ、俺から見れば、お互い様だった気がするけどね」 「お互い様?」 「うん。怜くんの表情も似たようなもんだったよ、俺たちから見ればね」 「えー、怜兄ちゃんが、ですか?―――――俺、毎日見てるけど、そんな風に思ったことないなぁ」 「そうか?・・・まぁ、家族だからそんな目では見ないのかもね」 「あ・・・けど、実は俺の初恋って、怜兄ちゃんなんです」 「へぇ、そうなんだ。―――ん?耀くんは、同性しか好きになれないの?」 「・・・ホモ?」 「安直に言うとね。ゲイとか、同性愛者とか・・・まぁ、呼び名はどうでもいいけど」 「たぶん・・・違う、かな・・・。女の子と付き合ってたことあるし。その・・・初めての相手も普通に同級生の女の子だったし・・・。逆に同性とどうこうってことは、今までないです」 「そうか・・・。じゃあ、怜くんに対して抱きしめたいとかキスしたいとか、そういう感情ってあった?」 「あー・・・、それはないです。好きっていうよりは、憧れかな・・・。あの人ああみえてなかなか芯の通った強い人だから、俺もそうなりたい、って感じの・・・」 「なるほど。―――でも、真人君に対しては違う・・・。そういうこと?」 「・・・はい。もう、自分でもどうしていいのかわからないくらい好きで・・・。本当の意味で、初めて好きになった人なのかもしれないです。・・・だから諦められなかった」 「そういう人と巡り会うのは、なかなか難しいと俺は思うよ。――――君はまだ若くて無限の可能性や将来性がある。だから堅苦しく考える事も、意地になって付き合い続ける必要もない。・・・でもね、欲しくて欲しくて手に入れた人だって思うなら、とにかく素直に思った事を口にして、目の前にある今を大事にしてほしい。そういう積み重ねが二人の思いや絆を強くしていくものだと思うからね」 「・・・実体験、ですか?」 「そうだね。それなりに人生経験積んできたから。―――――霞はそうやって手に入れた、本当に大事なひとなんだ。離れる事とか、考えただけで気が狂いそうになるよ。それくらい、俺にとって大切な存在だ。―――――って、ただの惚気か」 ごめんごめんと弛んだ表情で椚さんは言った。 俺は、そんなかけがえのない相手を見つけられた彼が羨ましいと思ったし、自分もそんな風に思い続けたいと心から思った。 椚さんて話しやすい・・・。―――――だから。 「俺、もしかして真人さん、今日一緒にここに泊まってくれるんじゃないか、って、期待しちゃってたんです。・・・でも、あの人そんな雰囲気一切見せないで、あっさり帰っちゃって。”また明日”って言ってくれたけど、ほんとに明日もう一度会えるのか、すごく不安だし、怖いんです、俺。―――――情けないです」
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