春の歌

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*** ツカサが次にその男に出会ったのはまたしても風の強い良く晴れた日だった。 ごうっと風がなる中、男は相変わらず我が物顔でベンチにふんぞり返っている。無視しようか、とも思ったけれど男が明らかにこちらが話しかけるのを待っている風なのでツカサは仕方なく声をかけた。 「こんにちは。天使のお兄さん」 男はきょとんとした。 「なんやねん天使って」 あんたが自分で言ったんでしょうが。ツカサは呆気にとられる。初対面の私に向かって、自信満々に、俺は天使やぞって。信じたわけでは勿論ないけど、ここまであっけらかんと忘れられたことに脱力してしまう。一度嘘をついたら突き通せって、どこかの偉い人が言ってなかったっけ?そんなことを考えるツカサに構わず男は続けた。 「で、元気にしとったか?」 「いやあんま元気じゃないですね、入院中ですしね」 男は気の利いた冗談でも聞いたみたいにぶはっと噴き出した。 「ほんまやな」 ツカサはあきれ果ててしまう。ほんと、不謹慎な人だな。 「ほんでお前、いつ退院すんねん」 「退院は…まだしばらく先だと思います」自分の声が暗くなるのが分かる。 「とりあえず、一回転院して手術してみないと」 なるほどな、と男は頷いた。 手術ね、来月の予定なんですよ。 ツカサは何気なく続けた。 お医者さんもみんなも、心配ないって言ってくれるんですけどね。そんなこと言われてもね。じゃあ、あんた代わってくれんのかっていうね。 真夜中とか目が覚めると、怖くてたまらないんです。病院の夜中って静かでしょう?悪いことばかり考えちゃって、ほんとに落ち込んじゃうんですよね。 なるほどな、と男はもう一度言った。少し考えて、続けた。 「まあそういう時はな、お前は〇〇えもんのケツ毛のことでも考えとけよ」 「ケツ..、なんですか?」 ツカサはのけぞった。ツカサの反応に、男が目を輝かせる。 「あんな、〇〇えもん、知ってるやろ?」と、国民的アニメのキャラクターの名前を口にする。 「あれな、ロボットっていう設定になっとるやろ。胃袋が原子炉になってて食ったもんは全部原子力エネルギーに変えることになっとんねん」 でもな、と男は続けた。 「アイツはな、漫画の中で便所にもいくし、屁もこくねん。つまりな、あんな癒し系みたいな見た目してるけど、実は、ケツの穴丸出しでその辺歩いとるやばいヤツやねん」 自分の話している内容に自分で腹が立ってきたのか、男は声を荒くした。 世の中ってのはな、矛盾してて理不尽なことだらけやねん。と誰かを糾弾するように空に指を差した。あんなに子供に夢を与える漫画でもな、とんでもない矛盾をはらんでたりすんねんぞ。 な?と男は同意を求めるようにツカサを見た。 何の罪もないお前は入院してるし、悪い政治家の奴らは高い給料もらってるし、俺は単位を落としたし、ブルーハーツは解散した。この世の中は理不尽なことだらけなんだよ。 そして思いついたようにツカサに言う。 「お前はな、退院したら、そういう怒りを込めた歌を歌えよ。世の中の理不尽さに対して抗議して行けよ」 そんな無茶な、とツカサは後じさりする。そんなのあなたの個人的な恨みなんじゃないですか、と言いたくなる。
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