花患い

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その変化だけは徐々に、しかし確実に進行していた。 「白田の腕も変異してるな。俺の腕なんか、人一倍ごつごつしてて固いんだ。日に日に植物になっていくみたいで…俺達、これからどうなるんだろうな…」 施設の同僚の一人がそう呟くと、皆一様に自分の手足を見た。そのどれもが硬質化しており、木の皮のようであった。当初この施設で隔離されている花が開いた被験者の影響かと思われたが、この変化は遠い異国の地でも今現在進行しているらしい。 ここ最近のニュースはどれも、世界の常識になった“蕾を持つ人間”の身体の変化についてだった。 植物に支配されていく様は、被験者である彼女と同じだと他の研究員は口々に言う。何かしら因果関係があると信じて、彼女の所為にしたいのだろう。人間何か大きな事態の当事者になってしまうと、誰かに責任を押し付けたがる。その行為には、普段の人格も頭脳の出来も関係無いのだと現状が証明していた。 僕自身の見解としては、花開いた彼女の状態と自分達は違うように感じている。 世界で起きている植物化は人間の血肉の部分が植物に侵されていっているように思える。人間という部分を不要と感じている“花”が主導を握り、“人”を殺していく変化。一方で彼女の変化は“人”である彼女を生かす為に植物が力を貸している、まるで共生の関係。浸食と共生では全く意味が違う。そう感じたまま告げたら、被験者に肩入れし過ぎだと詰られた。それからは発言を控え、この手帳に書き残す事にした。いつか誰かの目に触れるのだろうか。その時、世界はどう変化しているのか。 その時を僕は知る事が出来そうにない。 休憩で屋上に出たら、足の指から木の根に変化していった。ゆるやかに思われた変化は、何をきっかけか急速に動き出した。 色々な方向から悲鳴が聞こえて来た。 急速な変化は自分だけではないらしい。“蕾のある人間”が今度は淘汰されるのだろうか。そうだとしたら、唯一花と共生している彼女だけの世界になるのだろうか。眠るように混濁していく意識の中で思うのは、彼女が世界でたった一人残されるのではないかという、憐憫の情であった。
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