花患い

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私はゆらゆらとした意識の中、微睡んでいた。夢を見ていた。幸せな夢を。 「私が採血と称して血を奪われるのが何回目か知ってる?」 マジックミラー越しに監視、傍聴しているのを知っているから、私は虚空に向けて質問した。検査の時に顔を合わす医者、白田という人物がそこに居るのは分かっている。むしろそれ以外の人間を、私はあの4月1日以降知らない。意識を取り戻した時にはこの窓も無い閉鎖空間に閉じ込められ、生物実験のモルモットのような生活をしている。閉塞感こそあっても、扉を隔ててトイレとシャワーも付いてるし、流石にそこは監視カメラも無いようだったので最低限の人権は守られていると思えなくも、ない。 …いや、やっぱり無理だ。精神を病んでない人間が精神病棟に突然放り込まれたようなものだ。理解は出来ても納得は出来そうにない。 『90回目かな』 「惜しい。今日の分、ね」 スピーカー越しの白田医師の返答に、すぐに部屋の壁に書かれた正の字にチョークで一本書き足しにやりと笑った。鉛筆もシャーペンもない空間で、唯一チョークだけは支給された。子どものように、日がな床に落書きして過ごす日もある。私は退屈を持て余していた。出してと叫んで暴れるのも、悲しんで泣くのも三日目で止めた。政府機関の頑丈なセキュリティー施設だと知り、無駄だと早々に悟った。 「私の血から何か分かった?」 『………』 「そう。まぁ分かってたらもっと大騒ぎしてるよね」 以前より膨らみ…自分の右肩で存在感を増している花弁に、私は視線を向けた。 私がこの施設へ連行されるより約半年前、世界中でその異変は起こった。頭、顔、腕、腹部、脚の何れかの部位に花の蕾をつける人間が多数現れたのだ。それは徐々に変わる変化ではなく、一夜にして人類を隔てた。つまり、一夜で“蕾のある人間”と“普通の人間”の二種類に分けられたのだ。 それによって何が起こったか。想像に難くないと思うが、当然のように“普通の人間”は“蕾のある人間”を恐れて隔離した。人間に寄生して生きている花を恐ろしい奇病として、感染するのを恐れた結果だった。 当然なのかも知れない。私だって自分が蕾のない人間だったら、同じ側に回っていたと思う。 約半年の間、ソレは身体の一部に蕾が付く以外は特に問題がないと思われていた。それ以外の身体の異変、体調の変化はおおよそなかった。とは言っても寄生虫のように宿主を殺して自身を繁殖する生き物の可能性もある。私達蕾のある人間は普通の人間からの迫害以上に、蕾自体を恐れていた。 蕾と痛覚は何故か繋がっているようで、迫害が嫌でも無理に引き千切る事は出来なかったから…蕾のある人間達は諦めて自分の蕾と共存していた。私も蕾のある人間として、4月1日より前は迫害されつつもそこそこ普通の生活が出来ていた。だって自分以外にも蕾持ちの人間は多くいたから。 一夜にして、二つに分けられた人類にまた異変が起きた。 3月31日の夜。陽は落ちていたから多分17時か18時頃だったか。私の右腕が熱を持った気がして見ると、蕾が膨らんでいた。 ー咲こうとしているー そう直感した。 蕾である以上、花が咲いても何ら可笑しくないはずなのに、今までそんな前例がなかったから…どの蕾持ちも咲いたりはしていなかったから、殊の外奇妙な事に感じた。もう蕾がある事自体は奇妙でも何でもなくなっていた。 そして時を同じくするように、テレビやラジオは同じニュースを流した。 花の蕾を持たない“普通の人間”達が、続々と倒れ…現在進行形で原因不明の急死を遂げている、と。
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