3人が本棚に入れています
本棚に追加
どうして自分がこうなっているのか私には知る術が無かった。
今日は診察の日らしい。開いた電子扉に視線だけ向けると、私は面食らった。歩いて来る白田医師は感染対策の防護服を纏っていなかった。白衣姿でマスクだけの彼は、ある一点を覗いて普通の医師姿そのものであった。
彼の左頬に寄生している黄色い蕾以外は。
「何で…あなたの蕾も咲こうとしたらどうするの?」
「僕はどのみちこの施設に常駐している身だから。接触するだけで変化や発見があるならいくらでも自分の身体を使うよ」
それに、咲く事が本当に悪い事なのかどうかまだ分からないー
そう言いかける白田医師を、私はキッと睨んだ。そんな事、まかり通る訳がない。私の花が咲こうとしている事が、普通の人間が謎の急死を遂げた原因なのだと罵倒され、こうして拘束されている理由だというのに。
「…ごめん。外の事、あまり伝える事は出来ないんだけど。また世界で変化が起きている。もしかしたら、君がここにいる必要はもう…」
そう言いかけ、白田医師は言葉を詰まらせた。
「好きに実験でも何でもして。幸か不幸か分からないけど、私は花への刺激以外は身体の痛覚がもうないの。いくら採血で腕に針を刺されても、腹部を開腹されても痛みは感じない。だから、とことんやってよ。本当に私の花が開いた事で人類のほとんどが死んだのか、はっきりさせてよ!」
もうこの身体には涙も流れない。叫んだのは4月1日以来久々だった。
感情はまだ生きていても、私自身、自分をまだ人間と呼んでいいのか分からなかった。
普通の人間が次々と急死した夜。例外なく蕾のない人間は変死してしまった。
皆一様に首を押さえ、苦しむように窒息して亡くなったらしい。
“普通の人間”と“蕾のある人間”で二分化していた世界は一夜で終わった。
翌日には大多数の“蕾のある人間”とただ一人の“花開く人間”の世界になった。
差別されていた同じ“蕾のある人間”が、マイノリティからマジョリティへと変化した瞬間、両親は花開く私を通報して捕まえさせた。
その日はそれ以上、白田医師と話す事はなかった。
いつも通りの診察と検査だけを彼は黙々と行っていた。
その事を不満に思いつつ、白田医師の腕がやけに浅黒くなっている事に疑問を感じた。触覚も失ったのでいまいち分からないが、見た目にも指が硬質化しているように見える。以前見た時はもっと白くて頼りない腕だったように記憶していた。
けれど口には出せなかった。白田医師の目が、聞くなと言っていた。
最初のコメントを投稿しよう!