花患い

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私の中の冷静な部分が、理解していた。この世界がどう変化して、この植物達が元は“誰”であったのかを。世界は今、リセットしようとしている。私を残して。 随分長い時間、“白田センセイ”に寄り掛かって眠ってしまっていた。 もうどこかへ向かいたい気持ちもなかった。この変化がこの施設の中だけだとは到底思えなかったから。たった一人残された私は、これからどうなるのだろう。センセイの黄色い蕾を眺めながら、私は自分の赤い花弁に触れた。 この花も、いつかは私を喰らう日がくるのだろうか。 そんな事を考えていると、突然空が眩しく光り、音も風圧もなくスッと大きな機体が施設の屋上に降り立った。それは見た事がない、形容し難い物体だった。ヘリとか、戦闘機とか、飛行船とか。乗った事はなくても、知識で何となく分かる機体のどれとも違う。どうやって浮いているのかもよく分からないその物体は、人がイメージするUFOに一番似ているような気がした。 その物体が開き、オートスロープに似た通路が伸びると、数人の人影が私に近寄って来た。そう、人影だった。植物ではない、二足歩行の人だった。それだけでも今の私には大きな出来事ではあったが、徐々に近づく彼らの姿がよく見えるようになると私は言葉を失った。 皆、身体の一部に花を咲かせていた。 私の腕に咲くのと同じ、蕾ではない、大輪の花を咲かせていた。 彼らは何か言葉を発したが、何て言っているのか私には分からない。 言語というか、歌のような発声をしている彼らは私ににこりと笑い掛け、手を差し出して来た。言葉が分からなくても伝わった。一緒に行こう、と。 その人の手を掴み、一緒にその機体へと乗り込んだ。 センセイだけが心残りで、最後まで屋上を見下ろす。彼の枝葉は遠目でも分かるくらい大きく揺れていた。まるで手を振って見送ってくれているようで、私は腕の花をキュッと握ると一言だけ呟く。 「…行ってきます」 黄色い蕾をつけたセンセイは、ずっと手を振ってくれていた。 大きな大木の洞に挟まるようにあった手帳が、何かの拍子に落ちた。 折り目のついていたページを開く形になり、几帳面な字が羅列する。 2XXX年4月1日。 一晩にして身体に芽吹いていたソレは、突如として日常を壊した。 これは人類に起こった未曽有の事態に対する記録であり、一個人の結末と共に人類の可能性の結末を書き綴ったものでもある。 この場所へ書き残すのは一抹の希望であり、そして恐らくは後世に植物の祖と呼ばれる我々と、新人類として生きる彼女への手がかりである。 いつかまたこの地球が、人類(彼女)にとって住み良い星になる事を祈っている。 【終】
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