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絶叫する厚彦に周囲が怪訝な目を向ける。いつしか厚彦は、周りの目を気に留めない男と化していた。養育費を払っているにも関わらず、脳のなかから子どもたちが消え去っていた。赤子のままで彼の記憶は止まっている。
「ちょっと、……いいですか」
警官から職務質問をされるのも日常茶飯事となった。激昂し、唾を吐き、彼はその場から逃げ出す。――が。
彼の居場所などどこにもなかった。
「……なんか聞こえた気がした」
2019年6月某日。自宅マンションにて、聡美は、顔を起こす。「……気のせいかしら。なにか聞こえなかった?」
「ううん」
「ぜんぜーん」
すると百瀬が、「……赤ちゃんの声じゃない?」
「そうかも。……そうかも!」
マタニティ服に身を包み、ゆったりとソファに座り、お腹をさする聡美は、笑みを覗かせる。「赤ちゃんの声が聞こえるなんて、なんて素敵なことかしら……」
楽しみだねー、と子どもたち。「生まれたらねー。お手紙書いて、いっぱいおリボンつけるんだー」
性別は分かっている。だが聡美は、それを口にせず、「……女の子かなんてまだ分からないじゃないの」
「ママ! 知らないのー?」
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