五 タイプ標本/Type specimen

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五 タイプ標本/Type specimen

火曜日 僕―上條透―は、帰宅の電車待ちのため、駅ビル内のゲームセンターにて、時間をつぶしている。電車通学組の何人かは、ここで時々見かける。今日、僕はあるクレーンゲームに目が留まった。 ――とろとろペンギンが入荷されている! 学校には無知蒙昧な輩がいて、時々説明が必要になるが、とろとろペンギンというのは僕が最も推しているゆるキャラだ。この前、真一郎のやつは『ニャうさぎの方が可愛いじゃん?』とか、審美眼の狂っている感想を漏らしていた。あいつ、あれでも詩人だろうか? 僕はマシーンにコインを投入した。 ――いざ クレーンゲームに関して、僕は『5コイン以内で仕留める』というルールを設けている。人間にはブレーキが必要だ。お店の仕入れはその6倍くらいだろうから、僕のような客が多いと損なのかもしれない。とは言え、当方としても『ただの暇つぶし』であることを忘れたくはないのだ。 なお、クレーンゲームの腕前に関しては、僕はそこそこ、ちょっと得意くらいに思っている。今回のケースでは、とろとろペンギンとニャうさぎを両方獲ろうと思った。多分、ニャうさぎを狙ったついでに、落とすときの衝撃でとろとろペンギンも一緒に獲れるはずだ……角度もじっくり観察したし、二つ獲りできると確信していた。 ――落ちろ アームが、アリバイつくりを思わせるほどやる気のない、機械的な動きでニャうさぎを落とした。ニャうさぎはとろとろペンギンをひっかけることなく、単品で落ちてきた。 ――なんでだよ! 俺! 三角関数は得意なはずだろ!! いや、この際、三角関数も微積分も関係ないが、僕は心の中で叫んだ。僕はもう一つのルールを定めている。『ゲームに成功したならば勝ち逃げをすること』今回はニャうさぎが獲れてしまった。これ以上ゲームを続けてはいけない。一時的な成功もまた、ブレーキであるのだ。 ――クッ、こいつどうするかな…… ふと真一郎にあげようという気持ちがわいた。たぶん、あいつの手元にあった方が、このニャうさぎも幸せだろう。 土曜日 学習室で自習をしていたら、隣に座っていた真一郎が合図をしてきた。 真一郎(小声)「透ちゃん、透ちゃん、飽きた」 透(小声)「飽きた、じゃねぇ!」 苦笑いしながら、僕は席を立ち、二人で自販機に向かった。このティー・ブレイクは恒例のものとなりつつある。  今日のティー・ブレイクは、なぜか「座右の銘」の話になった。僕は常々、自由であることは自分にとって「解答の見えない困難なもの」であると認識していた。自由というのはどこへ向かったらいいのかわからない、RPGのような難しさがある。 透「『人間は自由の刑に処せられている』かな」 真一郎「誰それ?」 透「それは韻を踏んだギャグか?」 真一郎「ううん、本当に知らない」 透「サルトル」 真一郎「へぇー……俺は……うん。『悪法と謂えども法也』かな」 透「ほぉー……ソクラテス。   あと、名言に関しては俺、   一つ言いたいことがあるんだよな」 真一郎「何?」 透「『神は死んだ』   と言ったお前もすでに死んだ!って」 真一郎「それ、なんかのギャグ?」 透「え……?」 真一郎「え?」 透「いや、ニーチェの」 真一郎「さすがにそれはわかるよ。     その、何か、笑いのツボあった?」 透「……ええー、そっか。   キミには伝わらんか……」 真一郎「え、いや、待って、どういうこと!?     何が面白いの?」 透「もういいよ。……」 僕は首を振った。 僕はもう少し子供の頃、大学ではロボット工学をやりたかったこと、真一郎は天文学をやりたかったが、二人とも受験勉強しているうちに興味が変わってしまったという話になり、続いて志望校の話になった。 透「俺はキューテイならどこでもいいから」 真一郎「うーん。一緒のところ行きたいなあ」 透「お互い、偏差値が足りればな」 真一郎がすっかりやる気をなくしていたから、発破をかけるために、1年時の11月に、某大学の学園祭に連れて行った。これが功を奏したのか、急に勉学に励むようになったが、果たして間に合うものだろうか。僕はこの高校に入学した時の教員からのメッセージが今でも忘れられない。 「諸君、高校入学おめでとうございます。  なお、大学入試まで、あと3年間しかありません……」 ――マジか。受験って終わりじゃねえんだ…… 今日も電車待ちのため、ゲームセンターで時間をつぶすことにした。格闘ゲームの席が空いている。僕にとって格闘ゲームは一番得意なジャンルだろう。RPGのストーリー、グラフィック、音楽は確かに魅力的だが、どうも何をしたらよいのかわからない。右へ進めばよいのか? 誰に話しかければよいのか? 誰を倒せばよいのか? 自由であるということはどこへ向かえばよいのかがわからない。わからないとなると攻略情報を集めることになるわけだが、そもそも、攻略情報が手に入ったら、僕にとってはそこでゲームの魅力は消化されてしまう。究極のところ、オープニングとエンディングだけあればいい。その点、格闘ゲームは心理戦の醍醐味、コマンド入力ができるようになる成長性を感じることができる。 さて、着席してしばらく連勝していると、電話がかかってきた。真一郎だ。 真一郎「透ちゃんさあ、なにこれ?     俺のバッグの中にニャうさぎのぬいぐるみ入ってたんだけど?」 透「いらないか?」 真一郎「いや、ありがたいけど、     びっくりするって!     てっきり忘れ物かと思ったよ。     どうしたの、これ?」 透「クレーンゲームの景品だよ。   あまりものだからキミにやるよ」 僕は電話で話をしながら、対戦相手をコテンパンにした。同じ電車通学である服部が、先ほどから僕の様子を見て驚いている。 透「もうすぐ電車来るから、また後でな」 真一郎「あ、うん。ありがとう」 通話が終わったところで、急に理不尽に強いやつが相手になった。腕前が同レベルになると格闘ゲームはじゃんけんになる。最初のキャラセレクトの相性次第ですでに敗北というケースもあり得る。腕前互角、相性やや不利という大局にて、僕はもう少しで、なんとか勝てそうだと思った。 ――いや、相手の方がわずかに上手か。今、心理戦でミスをした。 負けてしまった。勝負に夢中になって、時計を見てみると電車は既に行ってしまっていた。 ――やれやれ 本末転倒はなはだしい。とりあえず僕はその席を離れた。 月曜日 中間考査でも期末考査でもない、謎の期初考査という試験が終わった。 僕は真一郎の席まで行き、真正面に立った。 透「どうだ?」 真一郎はたった今の試験の内容と自分の解答を、A4用紙数枚にびっしり書いて見せた。 真一郎「まったくわからなかったけれど、     とりあえず二次変換すればいいんだなってことだけはわかったから、     やってたらきれいな答えが出てきた」 透「ふむ。3と4が完答として20点、   あと部分点7点と8点で15   ……これは合計で35点はいけるだろう」 真一郎「おおー」 真一郎が安堵の声を上げた。彼の名誉のために言っておくと、この試験で30点獲っていれば立派なものだ。でも、甘やかしてはいけないから厳しいことを言うことにした。 透「ちなみに100点満点の試験だからな?   この前、英語でシャイン(教師のあだ名)も面白いこと言ってたな」 真一郎「あれは試験が難しすぎるよ。     二次試験の過去問8題なんて、     50分でどうにかする奴の頭がおかしいよ」 透「ところがなあ……小野はこの前87点だったんだよなあ」 真一郎「あいつ、頭おかしいじゃん?」 透「まあ、それは同意するよ」 真一郎「だってさあ、透ちゃんは演習のクラス、 別だから知らないかもしれないけど、     この前の演習の時間ひどかったよ。     巡回してたらさ、小野の前で、     (真一郎、教師の声真似)     『つまらないだろ? 遊んでていいぞ?』     だって。     小野はそれ聞いて、なんか笑いながら、     でかい本を取り出すしさあ」 透「あいつくらいの頭になると、   受験勉強とか簡単すぎてつまらないだろうな。   羨ましいことだ」 何事につけても、理不尽な才能の持ち主はいるものだ。
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