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洗い終わったら、きれいなふきんで拭いて、俺はキッチンの収納スペースにしまっていく。(いつものことだから置き場を覚えちゃってるんだ)
そこでやっと手が空いたので、マグカップに入った紅茶を片手に、リビングのソファーにいる天音のところへ行き、天音が黙々とプレイしているどうぶつの森の様子を、なんとなくとなりから見ていた。
のんびりとした音楽のなか、無駄にキャラを爆走させる天音。
だけど、そんなゲーム画面を見ながらも俺がそのとき考えていたのは、犬彦さんのことだった。
うちの玄関前で、出かける俺のことを見送ってくれた犬彦さん…。
俺を見る犬彦さんの、穏やかで親密な微笑み。
犬彦さんにあげる分が含まれているからといって特別隠すことでもないから、今日うちを出てくるとき犬彦さんに、天音のうちへ遊びに行ってくると伝えてきた。(バレンタインのチョコを作るためとまでは言ってないけど)
俺がそう話したときの、犬彦さんの表情…。
にーっこり(犬彦さんにしては)わかりやすく微笑むと「そうか、楽しんでくるといい。天音ちゃんとデートか、フフフ…」とかつぶやいていた、あのまずいカンジ…。
いつものごとく俺は犬彦さんへ「天音はそういうのじゃないですから」ときっぱり否定したものの、フフフ…と笑ってばかりの犬彦さんはやっぱり俺の言うことを聞いていなかった。
犬彦さんの耳は、自分の聞きたいものだけを聞いて、どうでもいいことは勝手にノイズキャンセリングされちゃうから、ずるい作りをしている。
「天音さぁ、犬彦さんにも、彼氏ができましたって報告しなよ」
ずずっと紅茶を飲みつつ、疲れ切った俺がそうつぶやくと、それまでどうぶつの森に全集中していた天音が、はじめて俺の方をバッと見た、すごく真剣な顔をして。
「やだ、ぜったいやだ! 絶対お兄ちゃんには言わないで! 勝手に言ったら許さないからね!」
はいホラ、これですよ、コレ。
天音のやつ、犬彦さんには絶対に彼氏ができたことを知られたくないの一点張りなんだよな。
こいつ犬彦さんの前だといつも、いい子ぶるから。
そんなだから俺が、現実を知らない犬彦さんから、天音ちゃんみたいな素敵な女の子を逃がしたりしちゃだめだぞ、なんて毎回めんどくさいことを言われたりするんだ、おまえのせいで迷惑なんだよ。
ハァ…とため息をつきながら紅茶をすする俺。
ぷんすかしながら、どうぶつの森を続行する天音。
そんなこんなしているうちに、冷蔵庫の中でチョコレートたちは着々と冷えて固まっていく。
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