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② 2月の赤間部長は、チョコレート回収人
「部長、今月の14日なんですが、ご自宅の方へお荷物をお送りしてもよろしいでしょうか」
その日の午前中、チームでのミーティングが終わったあと、皆が自分のデスクへ戻っていくなか最後までその場に残っていた永多から、赤間部長はそのように耳打ちをされ、とっさに何のことか分からず首をかしげた。
ポーカーフェイスでも赤間部長はどこか不思議そうな表情を浮かべていたので、長い付き合いのある永多は、さっと赤間部長が今考えていることを読み取って、このように付け加える。
「バレンタインデーです、部長。
毎年恒例の…アレです、今年は去年以上にエントリー数がやばくて、お持ち帰りはお勧めできません」
「ああ…」
的確な永多の言葉に赤間部長は、すぐに内容を理解して、複雑な表情を浮かべた。
そうか…バレンタインデー、そんなものあったな、もうそんな時期だったのか、そういう表情だった。
「永多くん、毎年迷惑をかけてしまって本当にすまないが…よろしく頼む」
「ええ、問題ありません、では上手くやっておきます」
心から申し訳なさそうな目でこちらを見ている、赤間部長の瞳。
その切れ長のクールな瞳に見られながら永多は、ははは…と笑って返した。
ここまでくるとモテる男っていうのも大変だなぁ、自分はごく普通の平凡な男でよかったなぁ、なんて思いながら。
この会社での、赤間部長と永多の付き合いは長い。
だから赤間部長に関するいろんなヒストリーを永多はよく知っている。
そして2月14日という日付が、赤間部長に…というか自分たちにどのような厄災を与えてきたのかを、当然永多はよく理解しているのだった。
そんな永多には毎年、特別な仕事がある。
永多が請け負う、赤間部長のための特別な仕事、それがどんなものであるのかを説明するためにはまず、過去の出来事から振り返らなければならない。
数年前の過去の、バレンタインデーの出来事から。
まず、はじめから赤間部長たちが勤める会社では、社員間での贈答行為が禁止されていた。
それはつまり、年賀状だとかお歳暮だとか、そういう…義務から発生する仕事上の贈り物の禁止、というものだ。
イベントごとだし皆がやっているから…みたいな義務の流れの一環で、社員が自腹と個人の時間を割いてまで、プレゼントのバラマキみたいなことすんの疲れるし無駄だから止めよーぜ、という趣旨のもと(お返しとかも面倒くさいし)禁止という言葉はいささか強すぎるかもしれないが、まあ止めましょう…という社内ルールになっていたのだ。
変に人間関係をベタベタさせない、公平で仕事をしやすい空気を保つ、という点からしても、それは妥当なルールであろう。
もちろん社員たちはそのルールに納得しており、それを遵守していた。
(むしろ、そのルールのおかげでしがらみから解放され、ホッとできるというものだ)
だがしかし…バレンタインデーというイベントに関してだけは、そのルールに想定外の歪みが生じることとなっていた。
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