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ユキ、訪熊(ほうゆう)
「ユキ」こと菜ノ越深雪は生まれて初めて熊本を訪れた。阿蘇の山麓にて行われるパラグライダー大会の運営ボランティアスタッフをするためだ。
彼女の勤め先には入社5年目研修というものがあり、必ず実行するべき課題として「社外での活動」が設定されていた。どうせなら見知らぬ土地で、自分の力だけでがんばってみようと考えたのだ。
熊本出身の同期に、「水も食べ物も美味しいよ」と教えてもらったのも、理由の一つかもしれない。
飛行機で福岡へ行き、新幹線で熊本へ入った。改札を出ると首から下が床に埋もれた、巨大な「くまモン」が出迎えてくれた。くまモンとは黒ずくめの熊だ。目の前のオブジェは、顔だけで大人の背丈くらいの高さがあった。
熊本の玄関口に、これほどふさわしいオブジェがあるだろうか。
「ようこそ熊本って、言われてるみたい」
巨大くまモンに近づくと、すぐそばに立っていた青いカバーオールを着た男性が突然、話しかけてきた。
「菜ノ越深雪さんですよね。鴨志田泰三です。『カモ』と呼んでください」
「カモ」は相好を崩すと、すっと頭を下げた。見たところ、彼は駅まで女性を出迎えするのに作業着姿で赴く、という絶望的ファッションセンスを除けば、いたって好青年のようであった。
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